福井県越前市の岡太川(おかもとがわ)流域で作られてきた越前和紙は、ぬくもりあふれる優雅な風合いを持つ最高品質の和紙である。このエリアは品質、生産量、種類ともに日本一の和紙産地として知られ、その歴史は奈良時代以前まで遡ると考えられている。そんな伝統的な和紙の魅力を探すため『越前和紙の里』を訪ねた。

日本最古と言われる伝統的な和紙の産地。

岐阜県の美濃和紙、高知県の土佐和紙とともに日本三大和紙のひとつに数えられる福井県の越前和紙は、国内では最も長い歴史を持つとされている。地元の伝説によれば今から約1500年前、五箇地区を流れる岡太川の上流にひとりの美しい女性が現れ、「この地は田畑が少ないものの、清らかな谷水と豊かな森に恵まれているから、紙を漉いて生活を立てていくが良い」と紙漉きの技術を教えたと伝えられている。それが紙祖神岡太神社・大瀧神社に祀られる川上御前である。

もともとは写経用紙として作られていた越前和紙は、やがてその品質の高さから徳川将軍家の奉書や藩札、日本初の紙幣用紙などに採用されるようになる。そして、近年は壁紙やふすま紙、多種多様なインテリアの素材としての需要が大きいほか、多くの書家や画家にも愛用されている。

越前和紙の産地である五箇地区は、越前市(旧今立町)の5つの町、大滝町・岩本町・不老町・定友町・新在家町の総称で、ここには現在も大小60ほどの製紙会社(紙漉き場)が点在している。

和紙の原料のひとつである楮の樹皮。加工前は黒っぽい色をしている(左上)。

植物繊維を水にさらしながら、汚れの元になるチリを根気強く取り除いていく(右上)。

樫の木と欅の一枚板で作った道具で植物繊維を叩きほぐしていく叩解の作業(左下)。

複雑に絡み合った植物繊維は叩き続けることで少しずつほぐれやすくなっていく(右下)。

人の手で作るからこそ和紙の魅力は際立つ。

今回訪ねた『卯立の工芸館』は、『越前和紙の里』の一角にある産地のPR拠点で、職人さんたちが昔ながらの技法で和紙を作る様子が見学できるようになっている。この日、その仕事を見せてくれたのは伝統工芸士の村田菜穂さんだった。

京都生まれの村田さんが和紙と出会ったのは大学時代のことだという。最初は服飾芸術の素材として一般的な和紙の色紙を使っていたのだが、のちに越前和紙に出会うと、その質の高さや美しさに大きな感動を覚えることになる。そして、25年前からこの地に移り住み、製紙会社に就職して和紙職人の道を歩み始めることになったのだ。

「伝統的な和紙作りの工程はすべて人の手によります。この仕事の面白さはそこに尽きるでしょうね。自分のやったことはすぐに紙の善し悪しになって返ってくるんですよ」

和紙作りの魅力について尋ねると、こんな答えが返ってきた。

楮などから作る紙料は櫛状の馬鍬という道具で勢いよく攪拌(左上)。これにネリを混ぜ合わせることで手漉きの準備は完了。
ネリと呼ばれる粘液はトロロアオイの根から作る(右)

紙を漉く前に数え切れないほど多くの作業がある。

和紙作りで誰もが思い浮かべるのは、紙を一枚一枚漉いていく手漉きの作業だろう。ところが、実際にはそこに至るまでにも数え切れないほど多くの手がかかっている。

和紙の主な原料は、楮(こうぞ)・三椏(みつまた)・雁皮(がんぴ)といった植物の樹皮の繊維で、これらは畑で刈り取ったあと、まず蒸して樹皮を剥ぎ取る。ただし、この黒っぽい樹皮から紙を漉いても美しい白い紙は生まれない。樹皮の約6割を占める黒皮や甘皮を丹念に削り取り、白皮と呼ばれる白い樹皮に仕上げなければならないのだ。

この白皮が1回の紙漉きに必要な20㎏ほどできると、次は煮熟(しゃじゅく)という工程で不純物を取り除く。そして、これを終えると今度は水にさらして汚れの元になるチリをひとつひとつ取り除き、最後に叩解(こうかい)という作業で植物繊維を叩きほぐしていく。こうした一連の工程を卯立の工芸館ではほぼ手作業で行っていくため、煮塾を終えてから紙漉きに取りかかるまでに最低でも1週間はかかってしまうのだ。

こうして和紙の原料となる紙料ができあがると、流し漉きの場合にはトロロアオイという植物から取ったネリと呼ばれる粘液を加え、漉舟という水槽の中で攪拌し、丹念に混ぜ合わせる。次にこれを竹ひごで作った漉簀(すきす)で掬い上げ、前後左右に揺すって水を落とすと植物繊維の薄い膜ができる。これを何度か繰り返していくと、丈夫で美しい越前和紙になるのだ。

奉書紙を作る時は漉簀を張った簀桁を前後にゆっくりと揺らし続ける

植物繊維が絡み合うことで丈夫な紙ができる。

紙を漉き始めると、ちゃぷ、ちゃぷ、ちゃぷという簀桁を揺らす音だけが一定のリズムで作業場に響く。まるで眠気を誘うかのような、やさしい水音である。ときおり紙料の溶液を大きくすくってはまたちゃぷ、ちゃぷ、ちゃぷと、このリズムが数分にわたって続く。

「漉き方はどんな紙を作るかによって大きく違ってきます。奉書紙なら前後にやさしく揺するだけですが、障子紙などは漉簀を左右にも動かして植物繊維を縦横にからめていきます。すると薄くても丈夫な紙になるんですよ。ただし、こうした作業は頭で覚えようとしてもだめで、手や身体で覚えていくしかありません」と村田さんは言う。

現在、越前和紙の伝統工芸士は30名ほどで、その半数以上を女性が占めている。これは男性の職人が圧倒的に多い日本の伝統産業界ではかなり珍しいはずだ。ちなみに全国の伝統工芸士約4000人のうち、女性の比率は1割強にすぎない。

どうやら繊細な手漉きの作業は几帳面な女性に向いているようで、地元では「母ちゃんがいないと工場は成り立たない」と言い切る人もいるらしい。

漉き上がった紙は丁寧に漉簀から剥がし、重ねていく。

受け継がれてきた技をつないでいくことの大切さ。

25年にわたり和紙作りを続けてきた村田さんが、いまも大切に心がけているのは『つなぐ』ということだという。

「当たり前のことですが、紙漉きの技術は私たちが作り出したものではありません。千年以上も前からここに住む人たちが、さまざまな工夫や改良を重ねながら、親から子、子から孫へと受け継いできたものです。だから私たちには、現在も生き続けている技術として次の世代へとつないでいく責任があるのですよ」

こう語る彼女の『つなぐ』という言葉には、もうひとつ別の意味も込められているようだった。。

「自分の作った和紙で仕事をする職人さんが、先祖代々使ってきた和紙と変わりなく仕事できることはとても重要です。たとえば伊勢型紙を例にするなら、細かな模様を彫る職人さんや生地を染める職人さんに『この紙じゃなければ仕事にならない』と言われるようになれたら最高なのですよ」と村田さんは話す。

現在、越前和紙は壁紙や障子紙、ふすま紙の生産が主流で、これらは建築などの現場で欠かせないものとなっている。ある意味、和紙というのは単なる伝統的な素材ではなく、時空を越えて職人と職人、技と技とをつなぐ存在でもあるのだろう

漉いた紙はまず圧力をかけて脱水(左上)。次に板に貼り付けて乾燥する(左下)。

卯立の工芸館で和紙職人として働きながら、ここを訪ねる人々に越前和紙の魅力を伝える仕事をしている伝統工芸士の村田菜穂さん(右)。

INFORMATION

越前和紙の里

(えちぜんわしのさと)

越前和紙にちなんだ3つの施設、『紙の文化博物館』『卯立の工芸館』『パピルス館』のあるエリアは『越前和紙の里』と呼ばれている。日本で初めて紙が漉かれたと伝わる五箇地区の中心部にあり、北陸自動車・武生ICからは車で10分ほど。

■紙の文化博物館(かみのぶんかはくぶつかん)

越前和紙の長い歴史やその技術の素晴らしさを映像や展示でわかりやすく紹介。年に数回、さまざまなテーマで特別展を開催しているほか、別館の『和紙の交流・情報ゾーン』では越前和紙の主力商品であるふすま紙や壁紙などの室内装飾品を数多く展示している。
*入館料200円(常設展/特別展開催時は300円/高校生以下無料/入館料は卯立の工芸館と共通)/9:30~17:00(入館は16:30まで)/火曜・年末年始休館/越前市新在家町11-12/℡0778-42-0016

*Map ⇒ https://goo.gl/maps/ZSXoBmovgH6peXgM9

■卯立の工芸館(うだつのこうげいかん)

地元の職人さんたちが昔ながらの道具を使って越前和紙を漉いたり、乾燥室で干したりする一連の作業を間近で見学できる施設(見学は9:30〜16:00)。建物は江戸時代中期の紙漉き家屋を移築・復元したもので、当時の人々の暮らしぶりも偲ぶことができる。
*入館料200円(常設展/特別展開催時は300円/高校生以下無料/入館料は紙の文化博物館と共通)/9:30~17:00(入館は16:30まで)/火曜・年末年始休館//越前市新在家町9-21-2/℡0778-43-7800

*Map ⇒ https://goo.gl/maps/np8BJJQ1CGBDAA2F9

■パピルス館(ぱぴるすかん)

大人から子どもまで、誰もが気軽に和紙作りを楽しめる施設。体験料は色紙サイズ500円からで、押し花や染料も用意しているので、自分だけのオリジナル和紙を作ることができる(15名以上は要予約)。併設の『和紙処えちぜん』ではさまざまな和紙商品を販売中。
*入場無料/9:00~16:00/火曜・年末年始休館/福井県越前市新在家町8-44/℡0778-42-1363

*Map ⇒ https://goo.gl/maps/oXCRp79HckFtLNLv8

紙祖 神岡太神社・大瀧神社

(しそ しんおかもとじんじゃ・おおたきじんじゃ)

日本で唯一の紙の神様(川上御前)を祀る神社で、越前和紙の里から岡太川を1㎞ほど遡ったところにある。岡太神社の創建は雄略天皇の御代(4世紀)、大瀧神社の創建は推古天皇の御代(6世紀末~7世紀)と伝えられ、ふたつの神社の里宮として江戸時代後期に社殿建築の粋を集めて建てられた本・拝殿は国の重要文化財に指定されている。
*参拝自由/越前市大滝町13-1/℡0778-23-8900(越前市観光協会)

*Map ⇒ https://goo.gl/maps/fdSdA7XpW5DJxq699

越前そばの里

(えちぜんそばのさと)

地元の製麺会社が運営する施設で、物販コーナーにはそばを始めとする福井の特産品がずらりと揃うほか、そば打ち体験や工場見学もできるようになっている。そば処『越前屋(10:30~15:00)』では名物のおろしそばやソースカツ丼など地元の味が楽しめる。
*入場無料/9:30~16:00/定休なし/越前市真柄町7-37/℡0778-21-0272

*Map ⇒ https://g.page/echizensobanosato?share

北陸新幹線が福井・敦賀まで延伸!

2015年3月に金沢まで延伸した北陸新幹線は、現在、金沢~敦賀間の約125㎞の区間が延伸された。石川県内には小松と加賀温泉の2駅、福井県内は「芦原温泉」「福井」「越前たけふ」「敦賀」の4駅に新幹線が停車する。これまで東京から鉄道で県庁所在地の福井をめざす時には、東海道新幹線(米原経由)でも、北陸新幹線(金沢経由)でも3時間半ほどかかっていた所要時間が、乗り換え無しの2時間台になり、観光でもビジネスでも利便性が大きく向上した。 

<福井県新幹線開業課PRチャンネル>         


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