2019年にオープンした柏樹關(はくじゅかん)は、大本山永平寺の指導のもと、禅の世界を気軽に親しむことのできる体験型の宿泊施設である。宿坊のようなストイックな環境ではないので、誰でも快適に本格的な坐禅や精進料理は体験することができる。

禅コンシェルジュが永平寺と宿泊客とをつなぐ。

『永平寺 親禅の宿』というキャッチフレーズを掲げる柏樹關は、近年整備された永平寺川沿いの参道脇に建っている。

川に架かる橋を渡ってロビーに入ると、まず目に飛び込んでくるのは、龍頭魚身の大きな鳴り物『魚鼓(ほう)』である。これは寛元2年(1244年)に永平寺を開いた道元禅師が中国から伝えた法具で、永平寺で雲水(修行僧)さんに食事時間を知らせるため実際に使われていたものだという。その魚鼓の前で宿泊客を出迎えてくれるのが禅コンシェルジュの久保田真美さんである。

禅コンシェルジュというのは大本山永平寺が認定する資格で、柏樹關の宿泊客と永平寺とをつないでくれる接客と禅のスペシャリストとでもいうべき存在である。もともと福井市内の百貨店に勤務していた久保田さんは、禅の魅力に惹かれて永平寺に通ううち、柏樹關がオープンすることを知り、思い切ってここに転職することを決意したのだという。

柏樹關のロビーには大きな魚鼓が梁から吊り下げられている(左)。禅コンシェルジュになる前も長く永平寺に通い続けていた久保田真美さん(右)。

永平寺の坐禅体験がない日には、柏樹關・開也の間で坐禅や写経ができる。わずか20分の坐禅で清々しい気分に包まれる。

『禅の道場』とも呼ばれる曹洞宗の大本山永平寺には、今も全国各地から100名を超える雲水さんが集まり、厳しい修行の日々を送っている。坐禅体験の指導してくれるのも、そんな雲水さんのひとりである。

広い境内の一角にある禅堂に招かれた参加者たちは、まず最初に曹洞宗や永平寺の概要を聞き、合掌や挨拶などの基本作法を習ってから坐禅に取り組む。結跏趺坐あるいは半跏趺坐という足の組み方、法界定印という手の形、さらには呼吸法や視線の置き方などを教えてもらい、それが一通りできるようになると堂内の照明が消え、止静鐘という鐘が三度鳴る。これが坐禅開始の合図だ。

1時間あまりの坐禅体験の中で、実際に坐禅を行っている時間は約20分にすぎない。しかし、その20分が体験者には非常に長く感じられる。道元禅師の教えである『只管打坐(しかんたざ)』とは、余念を交えずにただひたすら坐ることなのだが、その『ひたすら坐ること』がなかなかできないのだ。頭にはさまざまな思いがわき上がり、姿勢はぐらつき、ときには眠気にも襲われる。そのため、雲水さんが参加者の肩を棒で叩くピシッ、ピシッという警策の音も何度か響くことになる。

放禅鐘という鐘が1回鳴ると坐禅は終了である。ゆったりと身体を揺らし、組んだ足を解くと、そこで初めて参加者たちは全身に清々しい気分が満ちていることに気付く。

坐蒲に載せた尻と組んだ足の両膝で上体を真っ直ぐに支える。
柏樹關の開也の間からは美しい枯山水の庭園を眺めることができる。
永平寺の典座御老師に師事して精進料理の技法と心得を学んだ大平料理長(左)。料理も器も色とりどりの精進料理は舌だけでなく、目でも楽しめる(右)。

食事を作ることも、食べることも大切な修行のひとつ。

柏樹關に泊まるもうひとつの楽しみは精進料理である。そもそも精進料理とは、仏教の戒めに基づき、殺生や煩悩への刺激を避けるために調理された料理のことで、肉や魚、卵といった動物性の食材のほか、煩悩を刺激するとされるニラやニンニク、ネギなど五葷(ごくん)と呼ばれる野菜も用いることができない。そのため、一般的には質素かつ淡泊な料理をイメージしがちだが柏樹關の場合はかなり違う。食材は限られているものの、手の込んだ調理法により味や食感は変化に富み、盛り付けも実に華やかだ。

この料理を手がけるのは、ホテル椿山荘東京で和食を担当してきた大平英幸料理長である。大平さんは柏樹關の開業にあたって大本山永平寺の食事を司る典座御老師に師事し、何百年も受け継がれてきた精進料理の技と心得を徹底的に学んだという。

「私がいつも心がけているのは、尊い命を頂くことになる食材を無駄なく使い切ることです。たとえばニンジンの皮はきんぴらにしますし、しっぽやへたは出汁を取るのに使います。だから捨てるところはほとんどないのですよ」と大平さんは言う。

『恭敬して食せよ(慎み敬う気持ちで食べなさい)』という道元禅師の言葉を胸に、美味しい精進料理を堪能したら、その夜は早めに床につくといいだろう。翌朝は夜明け前から禅コンセルジュの久保田さんが永平寺の朝課(朝のおつとめ)に案内してくれるからだ(宿泊客は無料)。こうした一般の参拝者が見ることのできない雲水さんたちの日々の勤めを目の前にすれば、禅への親しみはさらに深まっていくに違いない。

壁紙や装飾に越前和紙を多用する客室。
館内の廊下には道元禅師の一生を描いた絵画が掛かる。
ゆったりと湯浴みを楽しめる大浴場『香水海』。
永平寺川の畔に建つ柏樹關は全18室の落ち着いた宿。精進料理プランは1泊2食付き(平日/税込)22,000円~。

INFORMATION

大本山永平寺

(だいほんざんえいへいじ)

寛元2年(1244年)に道元禅師によって開創された禅の道場。広大な敷地には70あまりの殿堂楼閣が点在し、そのうち仏殿や法堂など19棟は国の重要文化財に指定されている。坐禅体験(恩金500円)や朝課(献香料目安1,000円)に参加することもできる。

*拝観料:大人500円/参拝時間8:30~16:30/℡0776-63-3102

*Map ⇒ https://goo.gl/maps/z6mso5NLLXwUTCWW8

福井県立恐竜博物館

(ふくいけんりつきょうりゅうはくぶつかん)

恐竜化石の宝庫として有名な勝山市にある国内最大の恐竜博物館。巨大なドーム型の建物の中には、恐竜の化石や標本、リアルな骨格模型や復元模型が迫力たっぷりに展示されていて、子どもだけでなく大人も十分に楽しむことができる。

*入館料:一般730円/9:00~17:00(入館は30分前まで/夏休み期間などは8:30~18:00)/第2・第4水曜日/℡0779-88-0001

*Map ⇒ https://goo.gl/maps/TAcSqYGuWLP2daG59

手打ちそば八助

(てうちそばはちすけ)

在来種の玄そばを店内の石臼で挽いて提供する人気のそば店。福井名物のおろしそば(写真/490円)のほか、山かけそばやざるそば(ともに670円)なども用意。現在はコロナ対策のためテイクアウトまたは外席(駐車場の車内もOK)で営業中。

*11:00~14:00/木・金曜定休/℡0779-88-0516

*Map ⇒ https://goo.gl/maps/vEWyqagr4WYmZS5Z8

一乗谷朝倉氏遺跡

(いちじょうだにあさくらしいせき)

戦国時代に越前国を支配していた朝倉氏の城下町跡。織田信長に焼き払われたあと、畑の下に埋もれていたが、昭和47年(1972年)から始まった発掘により武家屋敷や町並の全貌が明らかになり、その一部が復元されている。

*入場料330円(復原町並)/9:00~17:00(入場は30分前まで)/無休/℡0776-41-2330

*Map ⇒ https://goo.gl/maps/CQNbkWBRRToB2iw88

北陸新幹線が福井・敦賀まで延伸!

2015年3月に金沢まで延伸した北陸新幹線は、現在、金沢~敦賀間の約125㎞の区間が延伸された。石川県内には小松と加賀温泉の2駅、福井県内は「芦原温泉」「福井」「越前たけふ」「敦賀」の4駅に新幹線が停車する。これまで東京から鉄道で県庁所在地の福井をめざす時には、東海道新幹線(米原経由)でも、北陸新幹線(金沢経由)でも3時間半ほどかかっていた所要時間が、乗り換え無しの2時間台になり、観光でもビジネスでも利便性が大きく向上した。