テクノロジーの粋を集めて造られた人間の造形物「水力発電ダム」は、
そこにある自然と見事に融合して雄大な造形美を現出しています。
ここでは、その水力発電ダムの魅力をシリーズでお伝えします。
今回は、北アルプス観光と交通の要衝でもある奈川渡ダムです。

槍ヶ岳を水源にする一級河川

♪北に犀川千曲川~、南に木曽川天竜川~♪。長野県の県歌「信濃の国」にうたわれる「犀川」は北アルプスの槍ヶ岳(標高3180メートル)を水源としています。上高地を経て松本盆地で奈良井川と合流し、さらに長野県内を北上すると長野市で千曲川(長野県内における信濃川の呼称)と合流する一級河川です。松本盆地で奈良井川と合流する手前の上流部を梓川と呼んでおり、今回の奈川渡ダムは、この梓川に造られています。

槍ヶ岳を水源とする梓川

北アルプス観光と交通の要衝・奈川渡ダム

松本の市街地を起点とする国道158号線を西に向かう、長野自動車道・松本インターチェンジを過ぎて東京電力の奈川渡ダムを目指すと、松本電鉄・上高地線の終点新島々駅を過ぎると、道路は次第に山道に差し掛かっていきます。

右手に渓谷を見下ろしながら、梓川右岸のヘアピンカーブを上って行くと、奈川渡ダムに到着する。梓川と奈川の合流点で展望が一挙に開けます。ダムの天端が国道になっていて、ここで左岸に渡ると、上高地や乗鞍高原に通じていて、途中、沢渡温泉・坂巻温泉・白骨温泉があります。

美しい景観を見せる奈川渡ダム

上高地に向かわず、さらに車を走らせ焼岳の下をはしる安房トンネルを抜けると岐阜県の高山市に至ります。そこは飛騨・奥飛騨温泉郷です。ところでダム天端が国道になっているのは全国でも珍しいですね。

奈川渡ダムを渡らず、左に折れると女工哀史で知られる野麦峠へと続きます。旧木曽福島方面や、旧高根村経由で下呂温泉へと行くことができます。奈川渡ダムは北アルプス山岳観光する人たちにとっては交通の要衝です。夏場は上高地観光の最盛期、多くの観光バスが大変混雑します。奈川渡ダムは梓湖(あずさこ)と呼ばれ、諏訪湖の2倍、1億2千万トンの水を貯える人造湖で、水面に映る北アルプスの山並みは、訪れる旅人を癒してくれます。

ダム天端が国道になっている奈川渡ダム

高度成長期 首都圏の電力をまかなう

戦後復興を経て、昭和の中期。経済の高度成長期を前にして、首都圏で急増する電力需に対応するため、東京電力は奈川渡ダム・水殿ダム・稲核ダムの3つの大ダムを同時に建設する梓川水力発電開発計画を昭和30年に地元に提示し、39年建設工事をスタートさせました。同一水系に3つの大きなアーチダムを同時に建設するという野心的なプロジェクトでした。

東京電力にとっては先行する関西電力の「黒四ダム」建設と肩を並べる大プロジェクトで、戦後、配電会社からスタートした電力会社にとっては社運をかけた取り組みでした。佐久間、黒四、梓川は昭和時代を代表するわが国の土木技術であり、象徴的な電源開発ですね。

<3つのダム発電所の諸元>
■奈川渡ダム:堤高155m、堤頂長355.5m、総貯水容量1億2300万㎥、安曇発電所最大出力62万3000kw。
■水殿ダム:堤高95.5m、堤頂長343.3m、総貯水容量1510万㎥、水殿発電所最大出力24万5000kw。
■稲核ダム:堤高60m、堤頂長192.7m、総貯水容量1070万㎥、新竜島発電所最大出力3万2000kw

奈川渡ダム下流域にある稲核ダムのダム湖

電力は京浜・京葉工業地域へ

急峻な地形を生かし梓川水系では明治時代から水力発電所の建設が盛んでした。

焼岳の噴火により上高地にできた「大正池」を調整池にした霞沢発電所(旧梓川電力)、セバ谷ダムを調整池にした湯川発電所(旧京浜電力)が上流に建設され、現在の奈川度ダム地点には奈川度発電所(旧京浜電力)があり、下流の波田村(現松本市)には竜島発電所(旧京浜電力)がありました。

これらの発電所の発生電力は、高圧送電線に乗り首都圏に向けて送電されていました。戦時中の一時期、日本発送電の管轄になりましたが、戦後は電力再編で東京電力に移行しました。日本国内は戦後復興を経て昭和30年代に入ると、経済は急速な発展を遂げ、同時に電力需要も増大の一途をたどりました。とりわけ京浜工業地帯、京葉工業地域を管内かかえる東京電力は電源開発が急務となりました。

東京電力では梓川をはじめとする大型水力開発に取り組むとともに、神奈川県から千葉県にかけての太平洋岸に火力発電所を相次いで建設すると同時に、将来を見据えて福島県に原子力発電所の建設に着手しました。

焼岳の噴火によりできた大正池

新幹線並みのスピードで完成

梓川開発に着工した昭和39年といえば国鉄の東海道新幹線が開業した年です。難工事ではありましたが地元の協力もあり、5年余の歳月を経て44年に完成しました。3連ダム開発の狙いの一つは、いうまでもなく「ピーク電力対応」です。経済の高度成長期、電力需要が夜ピーク型から昼ピーク型に変わり、昼のピーク電力が先鋭化しながら増大していったのです。

電力確保と同時に下流域の農業用水の確保も大きな課題でした。このため3連ダム構想には河川流量を有効に活用する工夫が施されています。奈川渡ダム直下に安曇発電所(62万3000kW)、水殿ダム下に水殿発電所(24万5000kW)、稲核ダムの下に新竜島発電所(32000kW)を建設しましたが、そこで使用する発電機に特徴があります。

知恵と技術の詰まったアーチ式ダムと発電所

安曇発電所は6基の発電機のうち2基が発電専用で4基は揚水発電兼用です。同じように水殿発電所では4基のうち2基が発電専用で2基は揚水発電兼用です。安曇発電所、水殿発電所の発電専用2基は上流からの流量を維持しながら発電を行うのです。専用発電と揚水発電を組み合わせて最も効率的で有効な水利利用を図ったのですね。

3つのダムの特徴を見てみましょう。いずれも「アーチ式コンクリートダム」です。3つ連なっている様を下から眺めると格好いいですね。重力式コンクリートダムがどっしりと男性的であるのに対して、アーチ式コンクリートダムは、曲線が美しく女性的でしなやかなのですね。とりわけ中核となる奈川渡ダムはドーム型アーチ式ダムと呼ばれ重厚さもあります、出色です。

155mというその高さもさることながら、ダムの垂直断面を見ると、基礎から上部に行くに従い、ダム堤が下流側に向かって湾曲し、せり出しているのです。天端から真下を覗くとダム下流側に飛び出していてぞくぞくっとします。

アーチ式ダムは、ダム堤にかかる水圧を、両側の山肌(岩盤)で受け止めているのです。ですから岩盤に直角にダム堤がぶつかるのが理想的ですが、アーチ式ではそうはいきません。

ダム堤が高くなり湾曲が厳しくなると、岩盤に加わる圧力が下流側にずれて伝わりますから、岩石がダム堤を支え切れなくなる場合があります。このため奈川度ダムでは特殊な工法を採用しました。両岸の岩盤に約100mのロックボルトを数十本横向きに打ち込み、ぎゅうぎゅう締め付けて岩盤を強化したと、聞いています。ダムの美しさ強度を保つために、土木人の知恵と苦労があったのですね。

奈川渡ダム。アーチ式コンクリートダム

蘇った梓川の大扇状地

梓川水力開発には電力以外にも魅力があります。3つのダムは年間流入する水流の70%を下流の中信平土地改良区事業の田畑1万1000㏊に、灌漑用水を安定して供給するとともに治水、砂防に貢献しているのです。中信平は梓川の作り出した扇状地です。

それまでは大きなため池もないので減水期にはしばしば水不足・干ばつに悩まされ、増水期にはため池が流失・損壊を繰り返すなどで、広大な扇状地は大半が荒れ地のままでしたので。農業用水確保は悲願でした。梓川開発の結果、通年で安定した灌漑用水が得られ肥沃の地に変身、今では圃場は整備され、リンゴ畑、レタス畑、キャベツ畑が。春から秋にかけては「緑のプール」となり農家に潤いをもたらしています。

【周辺見どころガイド】

日本を代表する山岳景勝地がすぐ近くに

奈川渡ダムは「日本の屋根」といわれる北アルプスの中でも、とりわけ名峰として知られる槍ヶ岳や穂高岳(3190m)に源を発する流れを集めた発電施設です。ダム周辺にはそれこそ日本を代表する山岳景勝地がすぐ近くにあり、少し足を延ばせばその雄大な自然を堪能できるだけでなく、実際に3000mを越える高所に立つことだって夢ではありません。

上高地の中心、河童橋

梓川を上流にたどった先は北アルプス登山の南の拠点上高地。川沿いに開けた狭隘な平坦地で標高1500m、高く険しい峰々に緑豊かな原生林そして梓川の清流によって描かれる自然美は他に比類なく、登山の黎明期には山男の聖地とされていました。中心は梓川に架かる河童橋で、まずここで穂高連峰の圧倒的な姿を仰いでから一帯の貴重な自然との触れ合いが始まります。河童橋は明治24年(1891)に架けられ現在で5代目、カラマツ材でつくられた全長37m、幅3.1mの吊り橋です。

河童橋の下流には田代池や大正池があり、川沿いにカラマツやシラカバの林をぬって快適なプロムナードが通じています。二つの池は大正4年(1915)の焼岳(2455m)の爆発でできたもので、大正池は流入する大量の土砂のため年々面積が縮小しながらも今なお神秘的な姿を失ってはいません。

河童橋より北アルプスを望む

河童橋の上流は、多くの人がキャンプを楽しむ場所が

田代池は湿原中に生じた小さな池で、夏には湿性の花々で彩られます。河童橋から上流をたどれば徒歩40分ほどで右岸の深い森の中に明神池。畔に穂高神社奥宮が鎮座し、10月には竜頭をつけた舟を浮かべて御船神事が行われます。そこから左岸を徒歩1時間ほどで徳沢、かつては放牧場だった草原が広がり夏には大勢の人がキャンプを楽しみます。徳沢から先は前穂高岳(3090m)の岩壁を見上げながら1時間ほどで横尾へ、ここで遊歩道は終わりその先は槍ヶ岳や穂高岳への本格的な登山路になります。上高地へは路線バスで入りますが、運行期間は例年4月下旬から11月上旬までです。

梓湖北西端の前川渡(まえかわど)で国道158号線と別れて84号線に入り、高度を上げながら西に向かうと乗鞍高原にいたります。広大な高原は東から番所ガ原(ばんどこがはら)、鈴蘭、一之瀬、牛留の4地域に分けられ、いずれも原生林に草原、池塘、湿原、高山植物、渓流などに恵まれまさに自然の宝庫です。夏のキャンプ、冬にはスキーなど一年を通じて楽しめ、滞在型の宿泊施設も充実しています。

乗鞍高原には散策や雪渓スキーを楽しむ人達が

ここを後にさらに乗鞍岳に向かって高度を上げ、森林限界を越えるとしばらくで畳平のバスターミナル。ここは標高2702m、ホテルや山荘、郵便局など各施設が集中し周辺散策の拠点になっています。付近には夏スキーのできる大雪渓やお花畑、権現池や鶴ガ池のような高山湖が点在し、徒歩1時間ほどで3026mの乗鞍岳山頂に立つこともできます。上高地は狭い谷間で標高も1500m止まり、一方こちらはのびやかな開放的な高原で倍の高度まで達することができます。ただし、この高度ですといったん天候が崩れだすとたちまち身動きがとれなくなりますので、慎重な行動を心がけなければなりません。ここでも一般車の乗入れは鈴蘭までで、そこから上へはバスを利用することになります。

乗鞍高原の散策コース

安房峠を抜けると奥飛騨温泉郷の平湯に

ダムの天端を通る国道158号は上高地に向かう途中の中の湯で西に進路を変え、安房峠下のトンネルを抜けて奥飛騨温泉郷の平湯にいたります。そこで158号と別れて北上すると新穂高温泉で、ここは穂高の稜線をはさんで上高地のほぼ反対側に位置し、岐阜県側からの槍や穂高岳登山の拠点になっています。ここからは標高2156mの千石平までロープウエイが通じ、それ以降は少々長い歩行になりますが、西穂高の稜線を越えて上高地に降りることができます。ロープウエイは通年運行していて雪の穂高も目前にできますが、冬季には岐阜県側からしかアプローチできません。

奈川渡ダムを訪れたのちは、山や高原散策以外にも城下町松本や道祖神のたたずむ安曇野平、古い街並みの残る木曽路や伊那路、岐阜県側では飛騨高山など、名所旧跡や歴史を訪ね歩くコースも旅程に含めてよいでしょう。(藤沼祐司)

■ダム観光のための基礎知識⇒ https://meguri-japan.com/knowledge/20211207_10071/

<奈川渡ダム>

所在地:長野県松本市

■アクセス:

クルマ=長野自動車道・松本インターチェンジを下りて、国道158号線(野麦街道)を西へ。上高地・乗鞍、飛騨・高山方面

電車=JR中央線(篠ノ井線)松本駅で松本電鉄・上高地線で終点「新島々駅」。そこからバスかタクシー。

■問い合わせ先:東京電力パワーグリッド 松本電力所・波田総合制御所

住所:松本市波田10195

電話:0263-92-2206

文: 藤森禮一郎 Reiichiro Fujimori

エネルギー問題評論家。中央大学法学部卒。電気新聞入社、編集局長、論説主幹、特別編集委員を経て2010年より現職。電力問題のコメンテーターとしてテレビ、雑誌などでも活躍中。主な著書に『電力系統をやさしく科学する』、『知ってナットク原子力』、『データ通信をやさしく科学する』、『身近な電気のクエスション』、『火力発電、温暖化を防ぐカギのカギ』、『電気の未来、スマートグリッド』(いずれも電気新聞刊)など多数。