妖怪とは闇に蠢く気配や、自然に対する畏怖、心の不安などを背景に想像されたと言われています。時には怖ろしく、時にはユーモラスに、人々の暮らしの様々な場面に登場します。ここでは、妖怪研究家&蒐集家の第一人者である湯本豪一さんのコレクションを元に、この奥深い日本の妖怪の世界に皆様をお招きします。
今回は、妖怪を図鑑のように紹介する「化物づくし絵巻」です。
文 : 湯本豪一 Yumoto Kōichi / 協力 : 湯本豪一記念 日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)
一つ一つの妖怪を図鑑のように紹介
もっともポピュラーな絵巻はストーリーが展開されるスタイルのもので、妖怪絵巻においてもこのタイプがいちばん多く存在します。絵巻を順番に開きながら次にどのような妖怪が登場して、どんなことをするのかを想像しながら見ていくのは絵巻の醍醐味ではないでしょうか。コレクション2で紹介した神農鬼が島退治絵巻もこうしたタイプの絵巻です。
しかし、妖怪絵巻の中には異なる形態のものの少なからず確認されています。なかでも妖怪図鑑的絵巻といわれるものは何種類も残っています。
その一つが今回紹介する絵巻で、「化物づくし絵巻」というタイトルからもいくつもの妖怪が描かれていることがみてとれますが、それらはストーリーに従って登場するわけでなく、一つ一つの妖怪を図鑑のように紹介しているスタイルです。
ストリーの展開がない
図版を見ていただければお分かりのように妖怪の横に名前が付せられ、その隣には別の妖怪が描かれていますが、両者は何の関連もなく単にいくつもの妖怪を列挙しているだけです。このようなことから妖怪図鑑的絵巻といわれているわけです。
この絵巻には12種類の妖怪が収録されていますが、図版はその一部です。12種類という収録数は妖怪図鑑的絵巻としては必ずしも多くはありません。現在確認できるなかでは58種類もの妖怪を収録しているものもあるくらいです。
いっぽうで10種類にも満たない収録数のものもあり、まちまちのようです。しかし、収録数の少ない絵巻が最初からそうだったのかというと判然としません。何故かと言うと妖怪図鑑的絵巻の多くは序や跋(ばつ=巻末文)が書かれておらず、最初からすぐに妖怪が描かれ、最後も妖怪が描かれているだけで終わるのです。
ストーリーが展開される絵巻ならば序や跋がなくともプロローグとエピローグは分かりますので例えば一巻で完結する絵巻か二巻以上で物語が完結するのかは見分けられます。しかし、妖怪図鑑的絵巻では半分に切り取られて2つの絵巻に作り直されても分からないのです。
同じ妖怪でも異なった姿で描かれているケースも
妖怪図鑑的絵巻の調査や研究は近年になって本格的に始められたことあって、こうした基本的なことさえもこれからの課題なのです。それでも一定のパターンがあって、順番は違ってもまったく同じ妖怪が収録されているものが確認されています。また、同じ妖怪でも異なった姿で描かれているケースも見受けられます。これらの妖怪の多くは版本にも収録されており、よく知られた妖怪といえます。いっぽうで版本には登場しない妖怪を収録した絵巻も複数確認することができます。
図版は版本はもとより、ほかの妖怪図鑑的絵巻にも収録されていない妖怪ばかりが描かれた珍しいタイプのものです。海中から上半身を出して口を尖がらせて水を吹いている汐吹、顔と足元は描かれていない為何歟(なんじゃか)、上目づかいで誰かの様子を窺っているような真平(まっぴら)等々、ユニークな妖怪たちのオンパレードといった観があります。こんな見たこともない妖怪たちが妖怪図鑑的絵巻のなかに近年まで誰にも知られずに何百年もひっそりと棲み続けていたのです。こうしたところからも妖怪図鑑的絵巻の調査はスタートしたばかりといっても過言ではありません。
水木しげるが描くヌリカベとは似ても似つかないヌリカベが
皆さんはヌリカベというと食パンのような姿の妖怪を思い浮かべると思いますが、これは古くから伝えられているヌリカベの話をもとに水木しげるがイメージを膨らませてビジュアル化したものです。しかし、その後にヌリカベが描かれた妖怪図鑑的絵巻が発見されました。そのヌリカベは三つ目で獅子か犬のような姿でした。これが言い伝えのヌリカベなのかは不明ですが、水木しげるの描いたヌリカベとは似ても似つかわない姿のヌリカベが存在したのです。
妖怪図鑑的絵巻は未知の妖怪たちと遭遇できるワンダーランドかもしれません。