妖怪とは闇に蠢く気配や、自然に対する畏怖、心の不安などを背景に想像されたと言われています。時には怖ろしく、時にはユーモラスに、人々の暮らしの様々な場面に登場します。ここでは、妖怪研究家&蒐集家の第一人者である湯本豪一さんのコレクションを元に、この奥深い日本の妖怪の世界に皆様をお招きします。
今回は、ユーモラスで微笑ましい「ばけもの絵巻」です。
文 : 湯本豪一 Yumoto Kōichi / 協力 : 湯本豪一記念 日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)
江戸時代に流行した怖さを楽しむ遊び
この絵巻が「ばけもの絵巻」と呼ばれているのは絵巻の巻末に、“ここで絵巻の終わりです”という意味で「ばけものの終」という小文が記されているからです。つまり、この絵巻の作者は化物を描いたわけですが、一見してお分かりのように何とも脱力系の全然怖くない化物たちのオンパレードといった内容です。
上段には文章が書かれていますが、これは文章と絵によってどんな妖怪かを伝えているわけで、全部で12話の妖怪譚が収録されています。
このように短い妖怪譚をいくつも収録した絵巻は百物語的絵巻と呼ばれています。百物語とは江戸時代に流行した怖さを楽しむ遊びで、何人もが集まって順番に怪談を話し、一話終わるごとに灯りを一本ずつ消してゆき、最後の一本が消えて真っ暗になると怪異が起こるといった古くからの言い伝えを体験しようとするものです。
百物語本は各地の妖怪譚を数多く紹介して人気を博しました。当時の人たちにとっては行ったこともない遠い地で起こった不思議な出来事に興味津々だったことでしょう。
描かれた絵はユーモラスで微笑ましい
この絵巻はこうした百物語本の絵巻スタイルとでもいえるもので、百物語本が墨一色の版本なのに較べてカラーで描かれていることからインパクトのある作品となっています。
炬燵から現れたのは赤入道と呼ばれる妖怪で、近江(滋賀県)の寺の藪から出ると噂が立ち、夜には人通りも途絶えるほどでしたが、これを信じなかった男が無人の寺に泊まって炬燵に入っていたところ、空中から「赤入道を信じないのなら、居るのか居ないのか見せてやる」という声が聞こえて、炬燵の中から赤入道が出現したという話です。とても恐ろしい妖怪譚ですが、赤入道の姿や驚愕して叫ぶ男の様子などは何ともユーモラスで、絵のほうに目がいってしまって微笑んでしまうような作品です。
もう一つの絵は山城(京都府)に向かう途中で道に迷った旅人が野宿したところ、なまぐさい風が吹いて古井戸から白髪で鏡のような目の妖怪が現れたところです。この絵も赤入道と同じく怖さを感じられない作品で、古井戸から出て来た妖怪も恐ろしさのあまりへたり込んでしまった旅人もどこか笑いを誘います。
この絵巻は明治時代のものと思われますが、すでに紹介しました江戸時代の鬼ヶ島退治絵巻と同じく親しみのある怖くない妖怪絵巻ということができます。妖怪は怖いとか不気味だとかいう先入観を払拭してくれる作品ではないでしょうか。
絵巻は見たい絵にたどり着くのが不便
百物語的絵巻はこの絵巻以外にも何種類か確認されていますが決して多くはなく、百物語本の人気とは大きな違いがあります。絵巻も本も短い妖怪譚をいくつも収録しているところは同じですが、収録している妖怪譚を見ようと思うと絵巻と本では利便性においてかなり差があります。
本は目次もあり、見たいページをすぐに開くことができますが、絵巻では見たい箇所に辿り着くにはその前に描かれた作品を全部まくっていく必要があります。最後の作品を見ようと思ったら絵巻を全部開くしかありません。こんなところから百物語本の人気に較べて絵巻はあまり作られなかったのではないでしょうか。
しかし、百物語的絵巻にしか収録されていない妖怪譚も少なくなく、妖怪研究や調査においては貴重な資料となっています。未見の百物語的絵巻が今後も発見され、今まで知られていなかった妖怪たちが陽の目をみることを願っています。