妖怪とは闇に蠢く気配や、自然に対する畏怖、心の不安などを背景に想像されたと言われています。時には怖ろしく、時にはユーモラスに、人々の暮らしの様々な場面に登場します。ここでは、妖怪研究家&蒐集家の第一人者である湯本豪一さんのコレクションを元に、この奥深い日本の妖怪の世界に皆様をお招きします。

人々の自然に対する畏怖、心の不安などが妖怪を生み出した

妖怪とは闇に蠢く気配や自然に対する畏怖、心の不安などを背景に想像されたと言われていますが、その多くは最初は噂や伝承として伝えられていたものが文字として記録に留められるようになり、やがて絵としてビジュアル化されていったと思われます。

その過程で幾多の妖怪たちは忘れられ、現在まで伝わる妖怪はほんの一部にしか過ぎません。ですから、私たちが展覧会や書籍で見ることのできる描かれた妖怪はとても貴重な存在といっても過言ではありません。

現在確認できる最古の妖怪絵巻

そんな描かれた妖怪のなかで今日に残る古い資料は絵巻です。現在確認できる最古の妖怪絵巻は室町時代に土佐光信によって描かれたとされる百鬼夜行絵巻といわれるもので、京都の大徳寺真珠庵に所蔵されており、国の重要文化財となっています。

この作品は現存する最古の妖怪絵巻と書きましたが、正確にいうと妖怪だけが描かれた最古の妖怪絵巻です。例えば南北朝時代に描かれた土蜘蛛草紙という絵巻はその名と通り土蜘蛛が描かれていますが、その内容は源頼光が土蜘蛛を退治するというもので、多くの人物も登場しますし、そもそもが源頼光の武勇を主題としており土蜘蛛は成敗される脇役に過ぎません。しかし、百鬼夜行絵巻では人間は一人も登場せず、妖怪だけが跳梁跋扈しています。

こうしたことからこの絵巻はとても重要な意味をもっていますが、江戸時代以降まで連綿と描き継がれて、そこに登場する妖怪が他の絵巻や錦絵、版本にも大きな影響を与えている点でも注目されています。

年を経た器物は魂を宿す

図は江戸時代に描かれた百鬼夜行絵巻の一場面ですが、真珠庵の絵巻に描かれた妖怪を忠実に登場させています。中央には琵琶が琴を曳いている場面が描かれていますが、その横を歩いているのは沓の顔を持つハリネズミのような姿で、実は沓の妖怪です。そして後方には鰐口や払子といった仏具の妖怪もみえます。

このように百鬼夜行絵巻は器物の妖怪が多数登場しますが、その背景には年を経た器物は魂を宿すといった古くからの信仰があるといわれています。器物の妖怪を扱った作品としては付喪神絵巻が有名です。

この絵巻は煤払いの時に捨てられた器物が人間に恨みを持って妖怪と化して仇をするものの、やがて仏道に目覚めて成仏するという内容で、仏教が器物の妖怪でさえも救う有難い教えだと説いた内容です。この付喪神絵巻がベースとなって百鬼夜行絵巻が生まれたという説もあるくらいです。

絵師によって描かれた美術的価値の高いものも

百鬼夜行絵巻は描き継がれるなかで新しい妖怪が加えられたり、順番が入れ替わったりするなどさまざまなパターンが生まれます。

そんなことから下絵が他の妖怪絵巻に比較して数多く残っていることも特徴ですし、土佐派や狩野派の絵師によって描かれた美術的価値の高いものから素人が描いたような下手なものまで存在するのも特徴です。

また、同じ百鬼夜行絵巻といわれるものでもまったく別の妖怪が描かれたものもあり、その多様性は妖怪研究の対象としても長く注目され続けています。

器物の妖怪が数えきれないほど

いっぽうで、器物の妖怪は百鬼夜行絵巻以降もつぎつぎと生まれてきます。それは明治時代に入っても続き、文明開化で登場した人力車、ランプ、洋傘といったものまで妖怪化されているほどです。日本の妖怪の種類が多いのはこうした器物の妖怪が数えきれないほどあることも大きな理由です。百鬼夜行というポピュラーな妖怪絵巻を糸口に妖怪にアプローチしていくと深く大きな妖怪世界が広がっていることを確認できるかもしれません。