中国の武漢に発した新型コロナウイルスはあっという間に世界中に広がり、日本国中もその脅威にさらされている昨今、「アマビエ」という江戸時代に肥後(熊本県)の海中から出現した異形なものに注目が集まっています。
ここでは、このアマビエについて考察してみましょう。(湯本豪一)
文 : 湯本豪一 Yumoto Kōichi / 協力 : 湯本豪一記念 日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)
アマビエの写しを拝めば、悪病の大流行でも罹患することはない
「アマビエ」は京都大学図書館に収蔵されている当時の瓦版に報じられている幻獣です。多くの人が「アマビエ」を知っているのは水木しげるが紹介したからと思われます。
「アマビエ」は全身にウロコがあり、三本足で長い髪に嘴状の口を持つ不気味な姿ですが、瓦版に描かれた絵が稚拙でユーモラスな雰囲気を醸し出しています。瓦版には、「アマビエ」は6年間の豊作と病気が流行したら「アマビエ」の姿を写すように言って海中に姿を消すと書かれています。
しかし、この瓦版は「アマビエ」の特徴の半分しか伝えていません。そして、残り半分の書かれていない情報こそが「アマビエ」の本質に関わる重要なものなのです。
その本質に関わる重要な内容とは、写した「アマビエ」の姿を拝んだり、門口に貼れば多くの人が死亡する悪病の大流行でも罹患することはないと告げるのです。
こうした情報は別の資料から確認できるのですが、実はその別な資料ではどれも「アマビコ」(尼彦、あま彦、天日子、阿磨比古などと書かれている)であり、瓦版の「アマビエ」は誤記であるということが今では定説となっています。つまり、誤記が有名になってしまったのです。
その予言は豊凶と疫病の流行がセットになっている
豊凶と疫病の流行の予言がセットとなっているのは、この2つが人の生死に直接的な影響を与えるからといえます。そしてどちらもいくら努力しても最後は運を天に任すしかないのです。豊作や凶作は天候に左右されますし、疫病の流行も医学的知識や科学的知識のない江戸時代の人たちにとっては何の手だても出来ない災いで、どちらも人智を超えた何かわからないものの仕業と信じることとなるのです。
そうした自分ではどうしようもない疫病から救ってくれる妙法を伝授してくれるのが予言獣なのです。それも決して難しいことではなくて、予言獣の姿を写して拝んだり、門口に貼るだけでよいのです。それが藁にも縋る思いの多くの人々の心を掴み、素朴な予言獣信仰が広がったと思われます。
人々の心にしっかりと根をおろした疫病除けの予言獣
こうした人々の心につけ込んで疫病の流行時に予言獣を描いた木版印刷物を売り歩いて大儲けした人物もいたと記録されているくらいです。新型コロナウイルスに乗じてマスクを高価で売ったりする状況と同じようなことが江戸時代にも繰り広げられていたのです。
ところで、「アマビコ」は海からだけでなく、田んぼにも現れたとの記録がありますが、このように予言獣は海や陸、そして空からも出現していたこと、さまざまな姿のものが記録されていたことなども確認されています。疫病除けの妙法を伝えるという予言獣がこれほどまでに人々の心にしっかりと根をおろしていたという事実から、当時の時代背景や厳しい環境のなかで日々を懸命に生きていた私たちの父祖に思いを馳せることもできるのではないでしょうか。