妖怪とは闇に蠢く気配や、自然に対する畏怖、心の不安などを背景に想像されたと言われています。時には怖ろしく、時にはユーモラスに、人々の暮らしの様々な場面に登場します。ここでは、妖怪研究家&蒐集家の第一人者である湯本豪一さんのコレクションを元に、この奥深い日本の妖怪の世界に皆様をお招きします。
文 : 湯本豪一 Yumoto Kōichi / 協力 : 湯本豪一記念 日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)
著者は夢中庵作三、絵は勝川春英
この本は寛政5(1793)年に「歌化物一寺再興」という題名で出された版本を享和(1803)年に改題して再び刊行したもので上下2巻よりなり、著者は夢中庵作三、絵は勝川春英が描いています。
本の種類としては黄表紙に分類されます。黄表紙とはまさしく表紙が黄色という意で、草双紙のなかの一つです。草双紙とは江戸時代の通俗的な絵入りの読み物として人気を博しましたが、一般的に赤本、黒本、青本、黄表紙、合巻の5種に分類されており、名称は表紙の色からつけられています。合巻だけは内容が長編になったために数巻を合わせて1冊として刊行したタイプの総称です。
時代的には赤本が一番古く、次いで黒本、青本、黄表紙、合巻の順と大まかに分類されますが、けっして厳密ではなく、黒本が赤本より古かったり、青本が黒本より古かったり等々、さまざまな事例が散見できます。
表紙は、様々工夫を凝らした「絵題簽」
さて、ここで紹介する「深山草化物新話」ですが、内容に入る前に表紙を見ていただきたいと思います。表紙の半分以上を占める題簽(本のタイトルを記した紙片)が確認できますが、一般的な題簽は短冊型でタイトル名だけを記したタイプです。それに対して、この本ではタイトルとともに内容をイメージさせる絵によってデザインされていることがわかります。
このように絵も付されたタイプを絵題簽(えだいせん)と呼んでいます。現代の出版物も表紙のデザインによって興味を持ってもらえるようにさまざまな工夫をしていますが、絵題簽も同じような趣向でつくられたもので、草双紙の魅力の一つとなっています。草双紙は教科書や教訓的読み物ではありませんので、絵題簽のように少しくだけた工夫も人気となった理由だと思えます。こんな草双紙ですので妖怪が主役として登場するケースも少なからず見ることができ、「深山草化物新話」もその一つです。
絵も怖くない化物たちのオンパレード
「深山草化物新話」は村の山奥にある寺に化物が出るようになって寺は荒廃して人々も近寄ることがなくなり、集落がさびれていったのを心配した村人が集まって何とか解決したいと相談する場面からスタートします。彼らは高僧に寺を託し、化物を退治して再興をはかることを決めて村の近隣に住む坊主に依頼、坊主はまわりの悪戯者を集めて寺に乗り込むこととなります。噂に違わず寺ではさまざまな化物が現れて坊主たちを驚かします。
右図は大入道や大足が出現して肝をつぶしている場面です。こんな具合で坊主たちは村に逃げ帰り村人たちに責められ、叩き出されるようとするが庄屋が許してやるように言って何とか助けられます。
そうしたところに旅の僧が通りがかり村人から古寺の化物の話を聞くこととなります。かくて僧は村人の案内で山奥の寺に赴き、翌日に再開することを約して寺に泊ると、言われた通り化物が現れます。左図は台所の様子ですが、竈、すりこ木、酒樽、包丁などが化物になって勝手に料理を始めているところです。
こんな具合にさまざまな化物たちが代わるがわるに現れますが、この僧は善悪を座禅で悟っているので化物たちはついに化けることができなくなり、僧によって成仏することとなります。
翌朝、村人たちは心配しながら寺の様子を見に来ると、化物が成仏したことを知って旅の僧が高僧であることを理解します。そして近隣の村が力を合わせて寺を再建し、旅の僧が住職となって寺に老若男女が集まるようになって地域の賑わいは復活し、村中が集って喜び大団円となります。
何とも他愛もない化物話ですが、絵も怖くない化物たちのオンパレードなので気楽に読めて人気を博したものと思われます。草双紙の妖怪はどれもがこんな面白い話ばかりなのです。