南北に長く平地の少ない日本では、日本人の食と文化の根幹をなす農業も、その地方独特の農産物や作り方が生まれ、また多彩な郷土文化を形作ってきました。ここでは、この日本の農業の様々な現場と、そこから生まれた文化、そしてそれを支える人々をシリーズで紹介していきます。
今回は、世界農業遺産として認定された新潟県佐渡島において、特別天然記念物であるトキと共生するために、人と生きものにやさしい米づくりを行っている、長畝生産組合を紹介します。

トキと共に生きる「生きものを育む農法」

島全体で豊かな生態系が維持され、昔からその環境を利用した農業が営まれてきた佐渡島。しかしこの地でも、高度経済成長期には化学肥料や農薬の多用によって環境への負荷が増加。生物の生きる環境が悪化したことにより、佐渡の象徴ともいえたトキの絶滅という結果を招いてしまいました。

そんな中、2008年から始まった人工繁殖されたトキの放鳥と同時に、「佐渡トキ保護センター」のある佐渡市新穂長畝地区の長畝生産組合による、生きものを育む農法もスタートしています。

特別天然記念物となっているトキ

「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」に適合した米づくり

トキの放鳥を行っても、餌となる生物が育つ環境がなければトキは生きていけません。そこで佐渡市では、生きものを育む農法を行うことにより、トキと共生する環境を整えることを目的として「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」を発足しました。

組合設立当初から、環境と共生する農業に関心を持っていた長畝生産組合では「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」が発足すると同時に、この制度にも適合した栽培法で米づくりに取り組んでいます。

「トキは田んぼなどの湿地で、ドジョウやカエルなどを餌としている鳥です。しかし、化学肥料や農薬を多く使うことによって餌となる生物がいなくなり、トキが絶滅した原因のひとつとなりました。そこで、田んぼの環境をよくして、田んぼで生きる生物を取り戻すことで、トキと共生することのできる米づくりを始めたのです」

組合の理事である大井克巳さんは、このように語ってくれました。

長畝生産組合の理事を務める大井克巳さん

「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」では、水田に使用する化学肥料や農薬を、新潟県における使用基準の半分以下に抑えるとともに、生きものが1年を通して安心して暮らせる環境を、水田の周辺に設けることなどを認証基準としています。生きものが安心して暮らせる環境とは、冬水田んぼ(冬期湛水・冬でも水田に水を張っておく状態)、水田や水路に深みをつくる、水田と水路をつなぐ魚道の整備、ビオトープという4つからなり、このうちのひとつを水田に整備しなければなりません。

これらの取り組みにより、水田に生きる生物は徐々に増加。トキの生育環境も整ってきたのです。

生きものを育む農法でつくる田んぼでエサをついばむトキ

世界農業遺産に認定

2011年、世界農業遺産として日本で初めて佐渡と石川県能登地域が認定されました。世界農業遺産とは、国連食糧農業機関(FAO)により、生物多様性が守られた土地利用と、農村文化や景観などを地域システムとして保全している、と認められた地域に与えられるものです。佐渡における環境共生型農業の取り組みが、世界的にも認められたといえるでしょう。

世界農業遺産に認定された豊かな自然を保つ佐渡

環境保全活動につながる農業

「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」に基づく、生きものを育む農法によってつくられた長畝生産組合のお米は「朱鷺と暮らす郷」というブランド米として販売されています。そして、このお米の売上げの一部は、トキの生育環境整備を支援する佐渡市トキ保護募金に寄付されます。また組合では、子どもを対象とした農業体験や大学生の農業体験実習の受け入れなども行っており、水田における自然環境づくりだけでなく、さらに一歩踏み出して、豊かな自然を次世代へつなぐためのイベントや活動も実施しています。

トキが舞い降りる水田には、さまざまな生物が息づく豊かな自然環境が保たれている

長畝生産組合で行われている農業体験

長畝生産組合が行う、安心安全な米づくりにとどまらない、自然環境やこれからの日本の農業を考えた米づくりは、少しずつ全国にも広まっています。

「生きものを育む農法にしてから、トキはもちろんですが、白鳥やサギなどの大型の鳥が戻ってきたと思います。これは鳥の餌となる生きものが増えたからで、生きものが豊かな土地になっている証拠だと思います」と、大井さんは言います。

これからは、味にこだわるだけではなく、育った水田と周辺の自然環境を意識して、お米を選んでみてはいかがでしょう。

 

<生きものを育むための4つの環境整備>

生きものを育む農法では、田んぼの周辺に生きものが安心して暮らせる環境を必ずつくらなければならない。これによりトキの餌となる生物が、1年を通して生育することができるようになる。このような環境とは、冬水田んぼ(冬期湛水・冬でも水田に水を張っておく状態)、水田や水路に深みをつくる、水田と水路をつなぐ魚道の整備、ビオトープという4つからなり、このうちのひとつを水田に整備しなければならない。

1.冬水田んぼ

秋の稲刈り後から春まで水田に水を張り、冬でも生物が暮らせる環境をつくる。稲わらなどをすき込んでおけば微生物が分解し、翌年の稲の栄養分となる。

2.水田や水路の深み

水田や水田への水路の一部に深みを作っておく。水田の水が引いてしまっても、この部分には水が残るようにしておくことにより、水が必要な水生昆虫などの避難場所にもなる。

3.魚道

水路がコンクリートで囲まれているなどの場合は、水田と水路を行き来するドジョウなどの生物のために魚道を設け、生物が自由に移動できるようにしておく。

4.ビオトープ

休耕田などに水を入れ、ビオトープとしてさまざまな生物が生きられる環境をつくる。稲が成長してトキが水田に入れないときでも、餌場となってくれる。

※写真協力:長畝生産組合

※問い合わせ:長畝生産組合 Phone:0259-22-2025