日本建築の粋を集めた木造3 階建てに艶やかな昭和浪漫を感じる下呂温泉の登録有形文化財の宿。

ゆたかな自然の中にひっそり佇む木造3階建て。登録有形文化財の宿

その泉質の素晴らしさから、江戸時代には有馬、草津とともに『日本三名泉』のひとつにも数えられた下呂温泉。湯之島館はそんな下呂の温泉街を見おろす小高い山の中腹に建っています。

湯之島館は下呂の温泉街を見おろす小高い山の中腹に建っている

およそ5万坪の広大な敷地には樹齢数百年の巨木が聳え立ち、その向こうに見えてくるのが国の登録有形文化財になっている本館です。今から80年以上前、昭和6年(1931年)に竣工した木造3階建ては、全国から一流の職人と最高の建材を集めて作り上げたもの。重厚な瓦屋根をいただく威風堂々たる姿には、「日本に新たな名所をもうひとつ作ろう」という初代社長の心意気が込められているようでした。

日本建築の粋を集めた本館。内外装とも実に手の込んだ造りになっているため、今の時代に同じものは建てられないと言われている。

本館のほか、別館や新館、茅葺き屋根の離れもある湯之島館は、かなり規模の大きな宿泊施設ですが、設計段階から自然との共存を強く意識した造りになっているといいます。

それぞれの建物は山の斜面や木々を生かして配置。それをつなぐ回廊はまるで迷路のようですが、館内にいても大自然に包み込まれているような安らぎを感じることができます。夜になると中庭に野生のムササビがやって来て、宿泊客の目も楽しませてくれます。

80年という歳月が作り上げた極上の和の空間。

ステンドグラスで彩られた洋館に加え、かつてはダンスホールやテニスコートまであったことからも分かるとおり、開業当時の湯之島館は相当にハイカラなリゾートでした。それが80年という歳月を経てしっとりと落ち着き、昭和浪漫あふれるノスタルジックな宿に生まれ変わったと言ってもいいのでしょう。

昭和天皇もご滞在された本館特別室「雲井之間」。内装も調度も当時のまま

障子越しにやさしい光が射し込む日本間、気配りの行き届いたもてなし、地場の素材の良さを引き出す会席料理、そして、とろんとした肌にやさしい下呂の湯……。なにもかもがゆったりとして、穏やかなのです。

眺めのいい露天のほか、レトロ感あふれる貸切の家族湯もある

「温泉、木造建築、会席料理……と和の世界を堪能し尽くせるのが湯之島館の魅力でしょうか。そのせいもあってか、海外、なかでもヨーロッパからいらっしゃるお客様が意外なほど多いんですよ」

こんな話を聞かせてくれたのは客室支配人の長谷川豪さんでした。

海外からの観光客にとって珍しい和の空間は、現代の日本人にとっても実に新鮮なもの。せわしい日常を忘れることの大切さを改めて教えてくれるような宿でした。

登録有形文化財の宿とは

高度成長期以降、老朽化した建造物が次々と取り壊されていきましたが、その中には歴史的、文化的にとても貴重なものがありました。そうした形あるものを国レベルで守っていくために生まれたのが登録有形文化財の制度です。現在、登録有形文化財の総数は8331件。そのうち旅館は営業中のものに限っても全国に100軒近くあります。

湯之島館

岐阜県下呂市湯之島645
☎0576・25・4126
http://www.yunoshimakan.co.jp/
アクセス
JR高山本線・下呂駅より送迎バス5分
中央道・中津川ICから約53㎞/1時間

文: 佐々木 節 Takashi Sasaki

編集事務所スタジオF代表。『絶景ドライブ(学研プラス)』、『大人のバイク旅(八重洲出版)』を始めとする旅ムック・シリーズを手がけてきた。おもな著書に『日本の街道を旅する(学研)』 『2時間でわかる旅のモンゴル学(立風書房)』などがある。

写真: 平島 格 Kaku Hirashima

日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌制作会社を経てフリーランスのフォトグラファーとなる。二輪専門誌/自動車専門誌などを中心に各種媒体で活動中しており、日本各地を巡りながら絶景、名湯・秘湯、その土地に根ざした食文化を精力的に撮り続けている。