テクノロジーの粋を集めて造られた水力発電ダムは、そこにある自然と見事に融合して雄大な造形美を現出しています。ここでは、その水力発電ダムの魅力をシリーズでお伝えします。今回は、天竜川の王様「佐久間ダム」です。

暴れ天竜と呼ばれて

日本の中央部、長野県の諏訪湖を源流とし、木曽山脈と赤石山脈の間、伊那谷を縫うように走る天竜川は南へ下り太平洋の遠州灘に注ぐ。時に優しく、時に荒らしく、長野県、静岡県、愛知県の3県が県境を接する「佐久間ダム」(静岡県浜松市)のあたりで、天竜川は大きく蛇行し、断崖絶壁の渓谷をなし、流れは急流となります。

多くの電力関係者や地元の人たちは長年、「ここを堰き止め発電所ができれば・・・」と、大きな夢を見てきました。その夢が実現して、60年あまりが経ち天竜川はすっかり生まれ変わりました。

天竜川に注ぎ込むあまたの支流には大正時代から、電力王・福沢桃介がかかわった「大久保発電所」はじめ、50を超える中小規模の水力発電所群が建設されてきました。水力発電を活用して地域社会を発展させるエネルギーの地産地消の姿があります。

ところがしかし、佐久間あたりは水力発電建設には絶好の地点だと言われていましたが、春から夏にかけて天竜川は流水量が膨大になり暴れ川になります、流水の少ない秋から冬にかけての短期間に大きな構造物の建設工事を完成させるのは当時の技術では困難であると見られていました。また建設に必要な資金調達が難しいことなどからダム建設はなかなか着工にまで至りませんでした。

天竜の王様 佐久間ダム

戦後急増する電力需要を賄うために政府は、開発困難な大型の水力開発を進めるため、昭和27年に特殊法人「電源開発会社」(現J-POWER)を設立し、佐久間ダム建設工事は本格的に始まりまました。夢は実現に向かったのですが、簡単ではありませんでした。ダム建設によって水没してしまうエリアが3県に跨る広範囲わたることや、川に沿って走る国鉄飯田線の付け替えも必要なことなどから、補償交渉は難航を極めました。それでも28年12月には仮排水路トンネルの工事にこぎつけました。

水かさが増す春までには仮排水路を確保すると言う過酷なスケジュールでした。ダム本体の工事も1日のコンクリート打設量が当時の世界記録になったほどのスピード工事で進められました。最新の土木技術を駆使し、天竜川本流をせき止めて発電する佐久間ダム・発電所は難工事をわずか3年余という短期間で完成させ、発電を開始しました。

近代土木技術の粋を集めて建設された佐久間ダムは「天竜川の王様」です。両脇に緑の山肌を抱えこんだダム提は高さ155,6m、完成から60年余の歳月を経て、風雨にさらされて灰色のコンクリート面は黒ずんできましたが、一層、風格と気品を増し日本のダムの王様と呼んでも良いダムになりましたね。

佐久間発電所

ダム直下に建設された佐久間発電所は出力35万kWで133mの高落差と豊富な水量を利用して得られる発電量は年間約13億kW時で日本随一です。湛水量が豊富な佐久間ダムには、直下に調整池「秋葉ダム」があります。佐久間が発電した後の放水量が多いので、洪水を起こさないよう下流への放流量を調整しながら発電しています。発電が目的の発電所ですが、上水道、工業用水も供給しています。

ここで作られた電気は超高圧の佐久間東幹線で関東方面へ、佐久間西幹線で中部・関西方面へ送電されています。人造湖佐久間ダムはダム百選にも選定され、周辺は天竜奥三河国定公園になっておおり、今や天竜峡と共に地域の代表的な観光スポットになっています。

佐久間電力館

佐久間ダムにはPR施設「佐久間電力館」が併設されています。入場料は無料です。佐久間ダムのことはもちろん、電源開発の取り組み、天竜水系その他のダムの展示が沢山あり、エネルギー全般についても勉強できます。電力館には展望台もあり、佐久間ダムの全般が見渡せます。ダムの対岸は愛知県の山々です。ダムの天端(ダム上部)は県道1号線に指定されていて、佐久間ダムが静岡県と愛知県の県境になっています。

また展望台でが「やまびこ」体験ができます。対岸に向かって「ヤッツホー」と大きな声で叫んでみてください。山に反射してダムを伝って「やまびこ」が返ってきます。電力館入口ではダムカードもゲットできますよ。

佐久間ダムでは、アユやニジマスも釣れますが、漁協が管理しているので自由に釣ることはできません。桜も楽しめますが、秋の紅葉のシーズンにはダム湖周辺は、多くの家族ずれが静かな山間にたたずんでいます。

新豊根ダム&発電所

山を隔てて奥三河、愛知県豊根村の天竜水系・大入川(一級河川)上流に、洪水調節と発電を目的にした新豊根発電所が1972年に建設されました。佐久間ダムを下池、新豊根ダムを上池として揚水式発電を行います。最大出力は112万5000kWですが、佐久間発電所とツイン発電すると148万kWとなり、原子力発電所2基分にもなります。電力の必要な昼には上池である新豊根から佐久間ダムへ放流し、電力消費の少ない夜間にはタービンを逆回転させて水を汲み上げ新豊根ダムに戻す発電を繰り返します。

佐久間は周波数の異なる東西電力の接点であるため、このため新豊根発電所の5台の発電機のうち2台は50Hz用、2台は60Hz用で、残る1台は両用で、需給状況にあわせ運転しています。こんな発電所は世界でも珍しいですね。

新豊根ダムは高さ116、5mで堤長311mのアーチ式のコンクリートダムです。アーチ式ダムはわが国には沢山ありますが、新豊根ダムは「放物線型」のアーチダムでその曲線の美しさは貴婦人のようです。わが国初めてコンピュータ設計で可能になった薄型ダムです。天端は歩道になっていて散歩も可能です。ダム湖は「みどり湖」と呼ばれ、周辺は公園として整備されています。

水力発電ダムの基礎知識につきましては、こちらをご参照ください。

行ってみよう!周辺・見どころスポット

佐久間ダムを作った佐久間湖は、天竜奥三河国定公園に指定されているほどの素晴らしい景観を見せています。

この佐久間ダムを俯瞰するのに絶好の場所はここから2㎞ほど下流の小丘上にある松山公園です。標高350mの頂上には展望台が設けられ、ダムの全容はもちろん佐久間の町並みも望むことができ、初夏にはツツジ、秋には紅葉など四季それぞれに楽しめます。

ダムから10㎞ほど北東に位置する大洞山おおぼらやま(930m)に源を発する大洞峡は、低山ながら流れは激しくいくつもの飛瀑をかけて渓谷美をうたい、秋になると紅葉が波しぶきをあげる水面を彩ります。

新豊根ダム周辺でも、季節ごとのサクラや紅葉が訪れる人々を和ませます。村の北東には県下最高峰の茶臼山(1415m)を中心に茶臼山高原が広がり、春には広大な絨毯を敷き詰めたようなシバザクラの開花、そして初夏の新緑に秋の紅葉、冬にはスキーと、四季を通じて親しまれています。

その南東麓には県木のハナノキ自生地があり、国の天然記念物になっています。ハナノキはムクロジ科の落葉高木で、この地方などきわめて限定された地域だけに自生します。奥三河には鎌倉期以来の「花祭り」が伝承され、国の重要無形民俗文化財になっています。ここでも正月初めに開催され、夜を徹して舞が演じられます。(藤沼祐司)

佐久間ダム

左岸:静岡県浜松市天竜区佐久間町佐久間2189-2
右岸:愛知県北設楽郡豊根村大字古真立
*《参考》ダム湖百選ホームページ☞ http://www.wec.or.jp/library/100selection/index.html

■佐久間ダムまつり(10月最終日曜日)

ダムの繁栄と建設時の殉職者の慰霊のために始まった祭り。船に乗った竜神が湖面に現れる「竜神渡御」、「竜神の舞」、「湖上花火」などが行われます。

■川合花の舞(10月下旬)

汚れる魂と衰える肉体を再生する神楽の舞い。五穀豊穣を祈る祭り。毎年11月に峯地区、今田地区で神楽舞が披露されます。これは県の無形民族文化財に指定されています。

■フェスタさくま(11月上旬)

特産品などの出店が並び、伝統芸能の芋掘神楽が披露されます。木工教室などの参加型のイベントも開催。

文: 藤森禮一郎 Reiichiro Fujimori

エネルギー問題評論家。中央大学法学部卒。電気新聞入社、編集局長、論説主幹、特別編集委員を経て2010年より現職。電力問題のコメンテーターとしてテレビ、雑誌などでも活躍中。主な著書に『電力系統をやさしく科学する』、『知ってナットク原子力』、『データ通信をやさしく科学する』、『身近な電気のクエスション』、『火力発電、温暖化を防ぐカギのカギ』、『電気の未来、スマートグリッド』(いずれも電気新聞刊)など多数。