北八ヶ岳(長野県)の山深く、ひっそりとたたずむ白駒の池。湖面は鏡のように美しく、あたりは深い森に囲まれています。岩や木が苔に覆われた神秘的な森を、山の案内人と一緒にのんびり歩き、森の癒しと素晴らしさを実感してきました。

木々が生い茂る苔むした森に癒される

ところどころ木道もあるが、雨でぬれていると滑りやすい

白駒の池があるのは、山梨県と長野県の境に峰を連ねる八ヶ岳連峰の北部。標高2115mの山深い森の中にひっそりとたたずむ、神秘的な池です。標高2000mを超える高所にある池としては日本一の大きさを誇り、水の透明度が高く、風のない日は湖面が澄んで鏡のように木々を逆さに映します。池の畔には小屋が2軒あるのみで、とても静か。その一つの「白駒荘」を経営する辰野守茂さんに、白駒の森を案内してもらいました。

白駒の森を抜けるとあらわれる白駒の池。2軒の小屋の他に建物がなく、自然そのままの森林に囲まれている。

北八ヶ岳と呼ばれるこのエリアは山の形がなだらかで、苔むした森林が広がっています。ごつごつとした岩を抱くようにコメツガやシラビソが根をめぐらし、なかには樹齢数百年を超える巨木の姿もあります。そして、白駒の森はたくさんの苔が生息することでも有名です。凹凸のはげしい林床はびっしりと苔に覆われ、まるで柔らかな緑の絨毯のよう。日本全体で1800種類ある苔のうち、485種類がこのエリアに生息するといわれています。

「実は苔には根がありません。仮根といって、地面に固定する根のようなものはありますが、養分を摂るのは水と葉緑体による光合成のみです」

ルーペで苔を拡大して見せてくれる辰野さん。苔をこんなにじっくり観察するなんて初めての経験

森を歩きながら、辰野さんはルーペを取り出して、苔の説明をしてくれます。苔の種類によって形や大きさが異なり、ちゃんと雄と雌があるのだとか。「苔の花」とも呼ばれる、細長い柄は胞子体といって、雌だけにできるもの。先端に雨や朝露を集めたまるい水の玉を付け、きらきらと輝いています。木や草花などの雄株・雌株は風や昆虫の力をかりて受精しますが、苔はこういった水の中を泳いで受精するのだそうです。

「苔の必殺技は〝休眠〞。水分が少なくなるような危機になったら、光合成などの生命活動をやめ、再び生きやすい環境が整うと復活します。天敵である虫への対策もとっていて、食べられないように自分を不味くしているんです」

なんて話を聞きながら散策すると、森歩きがとても楽しくなります。

(左)コセイタカスギゴケ葉がずんぐりしており、じゅうたんのような大きな群生を作る。中央に蕾のような突起があるのが雄。(右)イワダレゴケ1年に一つずつ新芽が出て階段状に成長していく。岩や木の根元に群生して分厚い層を作る。
(左)ヨシナガムチゴケ:濃い緑色をしており、鞭のような枝が出て、二またに分かれる。腐葉土や岩の上を好んで生える。(右)チシマシッポゴケ:5~8cmほどの長さに育ち、先端がU字に曲がり、細い葉が尻尾のようにしだれて見えるのが特徴。

何百年単位で繰り返される森の静かな命のリレー

白駒の池の近くを通る国道299号は「メルヘン街道」とも呼ばれる山岳ドライブコース。北八ヶ岳を横断する街道で、途中の麦草峠は標高2127メートルもあり、国道としては日本で2番目に高いところにあります。つまり、これだけ高い場所まで車やバスで簡単にアクセスできてしまうのです。国道沿いの駐車場から池まで歩いてたったの約15分。入り口から森に踏み込むと、苔むした原生林が広がり、道はきれいに整備されてアップダウンもほとんどありません。

古い切り株をいろいろな苔が覆い、まるで寄せ植えのよう

生い茂った森は日の光が届きにくいため真昼でも薄暗く、夏でもひんやりとした空間。木の幹がぬれると木々の葉や苔の青さが引き立ち、雨でも森歩きが楽しく感じます。白駒の池周辺はドウダンツツジやダケカンバなどの落葉樹が多く、初夏はまばゆい新緑、秋は木々の葉が赤や黄色に染まり、湖畔を色鮮やかに縁取ります。湖沿いに遊歩道が敷かれ、40分ほどで周遊可能。池の周辺には白駒の森や高見の森などいくつもの森が広がり、あちらこちら散策しながらのんびり歩くのがおすすめです。

白駒の池から高見の森に入ったあたり。一面に苔が広がり、霧が出るとより幻想的な雰囲気に

森を見渡すと小さな木々が集中する場所がありますが、これは、木が倒れて光が差すようになり、苗木が競うように育っているため。それらはほとんどが枯れてしまい、大きく育つのはほんのひと握りだけというから、森の生存競争はとても厳しいことがわかります。

「朽ちた親木を苗床に、その木の子どもが育ちます。森はこうした何百年単位のサイクルで命をつないでいるんです」

森のいろいろな話を聞くたび、全ての景色が新鮮に映り、時間があっという間に過ぎていきます。綿々と続く森の営みは壮大で、こうした懐の深さが、自然と心を癒してくれるのかもしれません。

白駒の池
長野県佐久市

白駒荘
長野県南佐久郡小海町(白駒の池湖畔)
https://yachiho-montblanc.com/information.html#informationList17

白駒荘の天ぷらそば。タラの芽やウドなど山菜の天ぷらがおいしい

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