妖怪とは闇に蠢く気配や、自然に対する畏怖、心の不安などを背景に想像されたと言われています。時には怖ろしく、時にはユーモラスに、人々の暮らしの様々な場面に登場します。ここでは、妖怪研究家&蒐集家の第一人者である湯本豪一さんのコレクションを元に、この奥深い日本の妖怪の世界に皆様をお招きします。
文 : 湯本豪一 Yumoto Kōichi / 協力 : 湯本豪一記念 日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)
伝説上の帝王「神農」の妖怪退治の絵巻
今回紹介する神農鬼ヶ島退治絵巻は妖怪絵巻といっても前回紹介の百鬼夜行絵巻とはかなり趣を異にする作品です。その内容は百草をなめて薬を作り出したといわれる中国の伝説上の帝王・神農が人々を苦しめる妖怪を退治するというものです。神農は猿丸太夫、鳥の海弥三郎、犬坊丸を従えて妖怪の棲む島に征伐に出かけるという展開から桃太郎の話をベースにしていることが見てとれます。
愛嬌のある妖怪は江戸時代に登場。
いっぽうの神農たちの姿もけっして怖そうでなく、おならで退治するという手法も何とも平和的で、ほのぼのとした妖怪退治譚となっています。
こうした面白可笑しい内容で愛嬌のある妖怪が描かれた絵巻は江戸時代に登場しますが、その一つに化物嫁入絵巻があります。この絵巻は化物のお見合い話から始まり、結納、結婚、出産、そして最後はお宮参りの場面で太陽が昇り始めて妖怪たちが四散するといった話ですが、これが一夜で展開されます。
その場面の端々に人間臭い妖怪たちの姿が活写されています。見合いの席では初めて見る妖怪のお嬢さんに一目ぼれした青年妖怪がお茶碗をひっくり返したのも気が付かずにお嬢さんを見つめていたり、結納品として大きな狸が持ち込まれたり、産まれた一つ目小僧が元気そうに産湯に浸かっていたりと、妖怪らしからぬ振る舞いの連続です。
木版印刷の発達が妖怪を身近にした。
怖さとは対極にあるような神農鬼ヶ島退治絵巻や化物嫁入絵巻は怖くない妖怪、可愛らしい妖怪、友達感覚の妖怪という江戸時代の妖怪観を如実に表した事例といえます。
こうした感覚が醸成された背景には木版印刷の発達があったと思われます。木版印刷によって同じものを同時に多数作れるようになって庶民が安価で簡単に作品を入手できるようになります。北斎、歌麿、広重といった世界的アーティストもこうした時代背景のなかで輩出された浮世絵師で、彼らの作品は木版印刷で制作され、多くの人たちの目に触れるようになって大きな支持を得たのです。
そして、妖怪たちも木版印刷の恩恵を受けて錦絵のなかで跳梁が可能となります。これによって妖怪は身近な存在となり、それにともなって畏怖して遠ざけていた存在から解き放たれたと思われます。
絵巻にもその影響が及んでここで言及したような妖怪絵巻も現れることとなるわけです。現在ではキャラクター化された多種多様な妖怪が可愛らしかったり、面白かったり、おっちょこちょいだったりして子どもたちの仲間として映像や漫画やグッズなどに当たり前のようにあふれていますが、そのルーツは江戸時代にすでに行われており、私たちの父祖も今と同じように妖怪たちと友達だったのです。そう思うと妖怪を通して江戸時代が身近になってきませんか。
<協力>
湯本豪一記念 日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)
2019年4月26日にオープン。湯本豪一さんの約5000点にもおよぶコレクションを展示・保管する日本初の妖怪博物館。三次市が舞台となった物語「稲生物怪録」の絵巻も所蔵。企画展示のほか、タッチするだけで妖怪の姿や歴史が学べる「デジタル妖怪大図鑑」、描いた妖怪がスクリーンで動き出すコンテンツなどが楽しめる「チームラボ 妖怪遊園地」など、インタラクティブな展示も行う。
住所:広島県三次市三次町1691番地4
TEL:0824-69-0111
http://www.miyoshi-dmo.jp/mononoke/