神の使い・眷属(けんぞく)として、日本各地で今もなお崇め奉られる「狼信仰」を辿る。

日本で最も美しい村が未曾有の災害に

福島市街地から飯舘村の山津見神社へ向かった。東北の狼信仰には、山津見信仰の系統があり、この山津見神社が本社になる。

飯舘村は、阿武隈山系北部の高原に開けた自然に恵まれた村で、2010年9月に「日本で最も美しい村」連合に加盟した。畜産業に力を入れ、黒毛和牛の「飯舘牛」はブランド牛として高い評価を得ていた。

それが2011年3月11日の東日本大震災のあと、住民は移住を余儀なくされてしまった。未曽有の災害に巻き込まれてしまうとは、誰が想像しただろう。今も、住民の多くは戻っていない。

山道を進むと左手前方に切り立った岩山がちらりと見えた。スリランカの岩山上の宮殿跡で有名な世界文化遺産・シーギリヤを思い出させた。規模はシーギリヤほど大きくはないが、ここには何かあるなと思えるような特徴的な岩山で、案の定、神社はその直下に鎮座していた。神社は広い敷地で、由緒ある神社だと推察できる。

創建は永承6年(1051)と伝わり、元和2年(1616)に再建された。江戸時代は、「虎捕山神」「虎捕山神宮」と呼ばれていた。(その由来は後で触れる) 明治時代になって「山津見神社」と社名が変わった。

飯舘村山津見神社
飯舘村山津見神社
飯舘村山津見神社
飯舘村山津見神社

狼の絵で埋め尽くされる天井

鳥居を入り参道を進み階段を上り切ると、1対の狼像、さらに拝殿前にも1対の狼像と、左側にはヤマトタケルの像が置かれている。山津見神社の御眷属は白狼で、お札も授与されている。火難除け、山仕事の安全、豊作、豊漁、交通安全、酒造、安産などに後利益があるといわれる。

2013年4月1日に火災が発生し、社殿と宮司宅が焼失した。拝殿は2015年6月に再建されたもので新しい。拝殿の入口は自動ドアになっている。お守りの自動販売機も設置されている。

拝殿に入ると、まず狼が描かれている天井画(眷属絵画)が目に飛び込んできた。全部で240枚(旧社殿では237枚だった)ある。山津見神社と言えば、これが有名な天井画だ。どれひとつとして同じ姿はない、親子、夫婦、単独の狼の絵で埋め尽くされている。

『東北地方の狼信仰』(村田町歴史みらい館企画展「再び、オオカミ現る!」)によると、天井画は、墨で細かな毛を描き、部分的に顔料を用いている。目は緑、口は赤、毛は茶、腹が白く描かれた狼像が多い。座る、歩く、振り向く、水を飲む、戯れる、木に登るなど様々だ。

中には白毛で黒ぶちの狼も見られる。しかし、実際日本に生息していたニホンオオカミに黒ぶち模様の狼はいなかった。これはあくまでも信仰上のイメージだ。作者は、旧藩御用絵師、伏見東洲(1841~1921)ではないかと推定されている。

この神社が焼失する前、たまたま研究用に天井画が1枚1枚記録写真に撮られていたので、写真をもとに天井画を復元することができた。復元したのは東京藝術大学の大学院生たちだ。

飯舘村山津見神社
飯舘村山津見神社
飯舘村山津見神社
飯舘村山津見神社

「虎捕山」伝説

ところで、先ほど車から見えた特徴のある、あの岩山の頂上付近に、本殿が鎮座しているという。最後は梯子を上っていくという切り立った場所だそうだ。この山は標高705メートルあり「虎捕山」と呼ばれる。約1000年前、橘墨虎と名乗る凶賊がいた。付近一帯を荒らしまわって良民を苦しめていた。永承6年、人々が墨虎を退治してほしいと訴えたことで、奥境鎮守のため下向していた源頼義は部下に命じて、いったんは墨虎を追い詰めたが、逃げた墨虎は再びここに戻り、出没するようになった。

困り果てた頼義の夢の中に「墨虎を獲らんと欲すれば、白狼の足跡を追うべし」という山の神のお告げがあり、これを遂行した頼義は、奥深い山中の岩洞で見事に墨虎を討ち取った。このことから頼義は山神の威徳を感じ、山頂に祠を建て虎捕山神と名付けて信仰するようになった。(虎捕山鎮座山津見神社パンフレットより) だから「虎捕山」と呼ばれる。

山頂からは晴れたら浪江町の海まで見えるそうだ。虎捕山は、海が見える山の神として崇められ親しまれてきた。山の神が、はるかな洋上で働く人々を見守り、豊漁と海上の安全を導いてくれるという信仰は年々盛んになっている。山の神が海とつながっている話は、秩父の三峯神社でも聞いたことを思い出した。虎捕山から下った真野川は、途中真野ダムを経由して、右田海岸のところで太平洋に注いでいる。山と海は、川で繋がっている。

地元では原発の放射能を山津見神社で食い止めた、という話があるそうだ。原発に対して、そんな話が広がっていることが、山津見神社らしいのかもしれない。自然を畏れなくなった人間へ警告するものとして、狼が再び姿を現わすことは不思議ではないような気がする。

虎捕山
虎捕山

山津見信仰は東北地方各地に

山津見信仰は東北地方に広がったが、分霊社は、34社確認できるという。

山形県高畠町にも山津見神社があると知ったので探してみた。この町には、化け物から村人を助けた犬を祀る「犬の宮」もある。また、直木賞受賞作家・戸川幸夫の『高安犬物語』で有名な、狼の血が混じっているといわれる高安犬の産地でもある。もともと犬・狼とは縁の深いところなのだ。

柏木目・熊野神社は小さな神社だが、苔むした古碑が10基ほど並び、古さを感じさせる。「山津見神社」の碑は2基立っているが、右側には「古峯神社」とも刻まれている。

もう一カ所、カーナビを頼りに行くと、田んぼの中にこんもりと残る杜があった。山津見神社(和田遥拝所)だ。大正六年三月奉納の石鳥居の奥、社殿は石段を上った5~6メートルの高さに鎮座する。後ろに周ると、社殿は岩の頂上に位置することがわかった。この岩は磐座として古来より祀られていたのではないかと思う。

虎捕山を意識させる立地は偶然なのだろうか。いや、私には虎捕山の相似形に見えてしまうのだった。

山形県高畠町熊野神社「山津見神社」の碑
山形県高畠町熊野神社「山津見神社」の碑