九州本土のほぼ中央に聳える阿蘇山とその北東の九重火山群、さらに東に位置する由布岳や鶴見岳などの山々を指定区域とする九州を代表する観光地で、湯量豊富な温泉群にも恵まれています。1934年に日本で最初に指定された国立公園の一つで、熊本、大分両県に広がるその総面積は724.9㎢に及びます。

阿蘇くじゅう国立公園

九州中央部に位置し、世界最大級の阿蘇カルデラやその北に連なる九重連山などの火山群、周辺に広がる草原を特徴とする国立公園。昭和9(1934)年12月4日に阿寒国立公園、日光国立公園、中部山岳国立公園、大雪山国立公園とともに指定された。当初は阿蘇国立公園と呼ばれていたが、1986年に改称された。

火山の神秘と驚異を見せつける圧倒的なスケールの山岳美

熊本県阿蘇町大観峰より阿蘇山を望む。外輪山の内側に雲海が広がった

阿蘇くじゅう国立公園の中心は、今も噴煙絶えない阿蘇山。熊本が“火の国”といわれるのもこの山に由来します。

阿蘇山とは、世界最大級のカルデラを取り巻く外輪山とカルデラ内に形成された中央火口丘の峰々の総称です。山体の形成は十数万年前に始まり、大噴火を繰り返すうちに陥没によりカルデラができ、その後中央火口丘が隆起して現在見られる二重式火山になりました。噴火の規模は大きく、火砕流堆積物は九州中央部ばかりか山口県や愛媛県にまで及ぶほどでした。

熊本県南阿蘇村阿蘇山中岳登山道より見る阿蘇の噴火口

カルデラは東西18㎞、南北24㎞、これを囲む外輪山は周囲約128㎞に及びます。中央火口丘を形成する峰々で最高峰の高岳(たかだけ)(1592m)はじめ中岳(1506m)、根子岳(ねこだけ)(1433m)、烏帽子岳(1337m)、杵島岳(きしまだけ)(1321m)を“阿蘇五岳”といいます。今なお活動を続けている中岳では、西面が大きくえぐりとったように切れ落ち、火口では絶えることなく地鳴りをあげ噴煙を棚引かせて自然の驚異を見せつけています。

中央火口丘以北の北外輪山は、標高900m前後で平坦な尾根が続き、南外輪山は1000m前後で起伏が大きく古くから峠越えの道でカルデラ外と結ばれていました。外輪山の内側では急崖をなしますが、外側ではゆるやかに裾野を引き多くは牧野<ぼくや>として利用されています。外輪山上には五岳のビューポイントがいくつもあり、特に北の大観峰(936m)から望む姿は仏の寝姿に見立てられます。

熊本県産山村の外輪山

九州の主要河川の源流をなす巨大な水甕

阿蘇山地は九州の主要河川の源流をなし、中央火口丘で二分されたカルデラ内の水を集めた白川、外輪山北面の水が流れ込む筑後川、西面の菊池川と緑川は有明海に、東面の流れは大野川に合流して別府湾に、南面では五ヶ瀬川に入り宮崎県北部を貫流して日向灘に注ぎ込みます。

阿蘇ではカルデラ内外に多くの温泉が点在し、重要な観光資源になっています。開湯の歴史の古いところでは神功皇后の時代とか。温泉街が形成されて賑わう一方、昔ながらの湯治場の風情を残す湯宿や奥まった渓流沿いにたたずむ一軒宿などもあって湯治客を和ませています。雄大なロケーションに恵まれ湯量豊富、温泉それぞれ源泉や泉質が異なるので湯巡りも楽しめます。

人の手で維持されてきた広大な火口原

阿蘇の代表的な景観の一つはどこまでも広がる開放的な大草原です。これは自然本来の姿ではなく、1000年もの昔から採草・火入れ・放牧を繰り返して維持されてきた人間の手による草原です。採草は秋に行い、人の背丈ほどに伸びた草を刈り取り乾燥させて冬の飼料とします。その後、翌春に牧草の発芽を促すために火入れ「野焼き」を行います。雄大な広がりの中に幾筋もの煙が立ち上る光景はまさに春の風物詩です。放牧は春から秋まで行われ、牛馬が重い体で歩き回るため草が踏みつけられて短草型の草地になり、烏帽子岳北斜面の草千里ヶ浜のような草原が形成されます。

直径約1kmの火口の中に約400mの新たな火口が生じた二重の火口地形「草千里ヶ浜」

カルデラ内には古くから人々の暮らしがあり、今では約5万人が生活しています。人々は農業や小国杉を産出する林業、阿蘇赤牛を飼育する畜産、近年では観光業などに従事しています。そんな人々に寄り添ってきたのが阿蘇火山の火の神を祭る阿蘇神社です。創建2000年以上とされる旧官幣大社で九州各地に末社があります。またこの地方では多くの神楽が伝承され、南阿蘇村の長野阿蘇神社では5月と10月に岩戸神楽が奉納されます。

変化に富んだ火山性高原、豊かな水源と美しい湿原

巨大カルデラの阿蘇山に比べ、くじゅうの山々は20を越えるドーム状のトロイデ(鐘状)型火山地形で構成された山岳景観が特徴です。

雄大な山々は「九州の屋根」ともいわれ、大分県西部に連なる九重連山は東西22㎞、南北24㎞の範囲に、九州本土最高峰の中岳(1791m)はじめ、久住山(1787m)、大船山(だいせんざん)(1786m)などからなる山群で構成されています。 

山々の多くは噴出した溶岩が固まってドーム状に形成された溶岩円頂丘で、久住山の空池<からいけ>や御池(みいけ)、大船山の御池(おいけ)>などは爆裂火口の名残です。八丁原には日本最大の出力を誇る地熱発電所が稼働しています。

その南北の山麓には、阿蘇カルデラやくじゅう火山から噴出した火砕流堆積物によって形成された久住高原や飯田(はんだ)高原のような火砕流台地が発達し、牧歌的光景を展開しています。ここでも阿蘇と同じく、放牧や野焼きが行われ、大規模な草原景観が維持されています。

この火山帯を水源とする流れは、北面の玖珠川(くすがわ)などは日田市で筑後川、南面の神馬川(かんばがわ)などは竹田市で大野川に合流します。

湧出量日本一を誇る温泉街を潤す火山群

火山群に囲まれた盆地には、坊ガツル湿原とタデ原湿原があります。合わせて91haの面積を有し、山岳地に形成された中間湿原としては国内最大級で、ラムサール条約の登録湿原となっています。

国立公園の最北部には、別府温泉の泉源とされる由布岳(ゆふだけ)(1583m)や鶴見岳(1375m)などの火山群があります。由布岳は裾野をなだらかに引く優美な姿から“豊後富士”ともいわれ、歌にも詠まれています。麓には由布院温泉があり、風光に恵まれた保養地として文人墨客の訪れも多く、夏には避暑客で賑わいます。

大分県由布市男池湧水群

鶴見岳はたびたび噴火を繰り返し、近年でも火山ガスの噴出が確認されています。東南麓の志高湖(しだかこ)は平安前期の爆発でできた湖で、人気の観光地になっています。鶴見岳の麓からはロープウエーが通じて容易に山頂に立つことができ、眼下に源泉数、湧水量ともに日本一を誇る別府の温泉街を眺めることができます。

阿蘇くじゅう国立公園内は、交通網がよく整備され核心部へのアプローチが容易です。由布院と阿蘇を結ぶ、やまなみハイウエーや北外輪山に通じる阿蘇ミルクロードでは、ダイナミックな景観が楽しめます。

大分県由布市雨乞牧場林道より見る由布岳

初夏はミヤマキリシマ、秋はススキが高原の主役

阿蘇、くじゅうの高原では人為的な草原の維持により森林への移行が進んでいませんが、それでも阿蘇では西外輪山の菊池渓谷や南外輪山北西部の北向谷(きたむきだに)、根子岳、くじゅうでは黒岳(1587m)などに貴重な自然林が残されています。

この一帯を代表する花は初夏のミヤマキリシマで、全域の山頂部に大群落をつくります。阿蘇の高原ではキスミレやヒゴシオン、ヤツシロソウなど大陸と共通する種類がよく見られ、中岳周辺では噴煙にさらされながらコイワカンスゲが群生します。

くじゅうの大船山では山頂一帯でコケモモやイワカガミなども見られます。草原は採草地ではススキやネザサ、放牧地ではシバやワラビが優占し、とりわけススキは秋の高原の主役になります。

動物相は阿蘇ではキツネが多く、次にニホンザルにイノシシ、タヌキなど。野鳥は80種ほどが確認され、イヌワシも目撃されています。昆虫類ではオオルリシジミがよく知られ、牛馬の糞を食べるコガネムシ類は30種を数えます。くじゅう高原では約120種の野鳥が確認され、特にさえずりが美しいオオルリ、キビタキ、クロツグミが愛鳥家の間で人気です。

大分県久住町から望む九重連山の落日