明治時代から日本を代表する銅山として、当時の殖産振興を支えた足尾銅山。かつては産業化の負の遺産として、銅山から渡良瀬川に排出された鉱毒事件が起こり、大きな社会問題にもなりました。現在わたらせ渓谷鉄道は、清流となった渡良瀬川に沿って走る観光目的の鉄道として、注目を浴びています。
文・写真 : 黒木達也 Tatsuya Kuroki
旧国鉄足尾線から第三セクター路線へ
「わたらせ渓谷鉄道」の始発駅は群馬県の桐生市で、高架駅となっているJR両毛線ホーム1番線から出発します。元々は民営の足尾鉄道として大正元年に開業し、銅山の採掘が盛んになってから国が買収、国鉄足尾線となりました。旅客だけでなく、足尾銅山で生産される銅を運搬する貨物路線でした。昭和48年に興隆を誇った足尾銅山が閉山となり、国鉄が民営化しJRとなって以降は赤字路線に転落、廃線の話が何度も出ていました。
沿線の自治体が中心となり、第三セクターの路線として存続する方針を決定、平成元年から第三セクターの会社として新たな列車の運行を開始しました。桐生から渡良瀬川に沿って上流の栃木県日光市足尾町・間藤まで、旧足尾線と同じ約44キロを走る路線です。
銅を輸送する路線から観光中心の路線に転換しています。沿線は渡良瀬川に沿って、四季折々の景観を楽しむことができ、春の桜と花桃の季節と、秋の紅葉の季節に多くの観光客が訪れにぎわいを見せています。とくに観光シーズンを中心に、観光用に運転される「トロッコ列車」は、人気があります。窓ガラスのないオープンタイプの車両が連結され、渓谷美を満喫できます。
市街地を抜け渡良瀬川の上流へ
桐生駅を出発する気動車は1両ないし2両です。現在の主力はツートンカラーのWKT-500形という平成23年から導入された車輛です。
しばらくJR両毛線の線路を一緒に走り、その後両毛線から分岐すると、間もなく「相老」駅に着きます。ここは東武鉄道との乗換駅で、行楽シーズンには、浅草・北千住から特急電車で来る観光客が大勢います。続いてしばらくの間市街地を走り、大きな駅の「大間々」駅に停車します。実はこの大間々が、わたらせ渓谷鉄道の中核駅で、ここに車輛基地だけでなく、鉄道の本社があります。
この大間々から歩いて10分程度のところに渡良瀬川沿いの「高津戸渓谷」があります。とくに紅葉の名所として有名もで、秋には菊花大会などのイベントが行われます。
この大間々を出ると、やがて渡良瀬川が傍に現れ、そこから川に沿って上流に向かって走ります。しばらくの間は、進行方向の左側に渡良瀬渓谷を見ながら、川の上流へと進んでいきます。
大間々駅から三つ目が「水沼」駅です。ここには駅に併設された温泉施設「水沼駅温泉センター」があります。旅の疲れを解消したい人たちで、賑わいます。水沼から先、列車は渡良瀬川に沿って進みます。秋には紅葉の渓谷美の中を列車は走り抜けます。
春には花桃が出迎えてくれる神戸駅
水沼から四つ目の駅が「神戸」(ごうど)駅です。ここはこの沿線では、最も観光客が集まる観光スポットになっています。
列車が到着するたびに多くの観光客が下車します。ここで有名なのが、春の桜と同じシーズンに満開となる「花桃」です。花桃は観賞用に品種改良された桃の種類で、ここの花桃は桜よりも濃いピンク色の花を咲かせます。神戸駅周辺には花桃が300本ほど植えられており、満開となった景色は実に見事です。
ここで途中下車する観光客も多く、季節運転されるトロッコ列車も、大勢の乗客を乗せて到着します。秋の行楽シーズンには紅葉など落葉樹が色づきます。神戸駅構内には、旧東武鉄道の特急列車「けごん」を、そのまま移設したレストラン「清流」があります。昼食時には地元の食材を利用したメニューが豊富にあり、観光客の休憩スポットとして人気があります。特別な駅弁も販売されます。
神戸駅からバスで10分ほどのところに「富弘美術館」があります。郷土が生んだ画家・星野富弘の水彩画を中心に集めた美術館です。柔らかいタッチで描かれた作風に多くのファンを集めています。また美術館のすぐ近くには、渡良瀬川をせき止めてできたダムの機能をもつ広大な草木湖が広がっています。首都圏の水がめになっている大切な施設です。
日本の産業化を支えた足尾銅山へ
神戸駅を過ぎると長いトンネルに差しかかります。草木トンネルで、ダムが造られたときに、旧線路が水没してしまうため新しく掘られた5キロ以上あるトンネルです。トンネルを出ると渡良瀬川を渡り、「沢入」(そうり)駅に着きます。渡良瀬渓谷の美しい場所として知られ、付近にアジサイ2000株が植えられています。
沢入を過ぎると足尾町(栃木県日光市)に入ります。足尾町に入ってまず「通洞」駅に着きます。ここが足尾町の中心部です。ここは足尾銅山の歴史を見るのには欠かせないスポットで、採掘時の様子を知ることが出来ます。
日本一の銅の生産量を誇った足尾銅山を再現した「足尾銅山観光」は外せない施設で、実際にトロッコに乗り坑内まで入ることができます。また足尾の歴史のわかる資料館「足尾歴史館」もあります。
通洞の次が「足尾」駅で、足尾鉄道開通時にはここが終点でした。ここには銅山開発を担った旧古河鉱業の迎賓館「古河掛水倶楽部」があります。明治22年に建てられた洋館で、華族や政府高官の接待や宿泊のために利用された施設です。足尾駅構内には、旧国鉄時代に足尾線で運行されていた旧式気動車キハ30型が係留されています。
足尾の次が、わたらせ渓谷鉄道の終点「間藤」駅です。現在はこの駅が終点ですが、銅の採掘が盛んだったころには、さらに先の「足尾本山」まで鉄道が走り、銅の輸送用に貨物駅が設置されていました。現在はほとんど線路も撤去され廃線跡になっていますが、かつて銅を運搬していた路線を偲ぶことができます。
間藤駅が有名なのがもう一つ、鉄道ファンには有名な旅行作家・宮脇俊三氏が国鉄の全路線を完乗・走破し、最後に到着したのがこの駅として知られていることです。間藤駅の待合室には、その著書「時刻表2万キロ」とともに、国鉄最後の駅としてここに着くいたことが記された解説が展示されており、そのために訪れる鉄道ファンも多いといわれています。