長く複雑な海岸線から、内陸の山岳地帯まで、高低差も大きく変化に富んだ地形の島国・日本。それぞれの環境に合わせ、さまざまな樹木が組み合わさって、多種多様な森林を形成しています。ここでは植生の違いを中心に分類しつつ、ぜひ訪れていただきたい、魅力あふれる森をご紹介します。

高山の山稜を覆う針葉樹林。

高い山の中腹以上森林限界まで、山肌を覆う森林を「亜高山帯針葉樹林」といいます。そういう意味では、北海道の山岳部の森も亜高山帯針葉樹林といえますが、ここでは本州から四国の山々に茂る針葉樹林を対象にします。亜高山帯針葉樹林は、東北では奥羽山脈と北上山地に見られます。関東山地から秩父山地、さらには中部山岳や紀伊山地、四国山地までは、亜高山帯針葉樹林が最上部の森です。

上高地の亜高山帯針葉樹林

ただし、森を構成する樹種は山域によって異なります。東北ではオオシラビソとコメツガが山上部に茂り、冬は樹氷原をつくります。関東から中部の山地ではコメツガ・カラマツなどの針葉樹に、ダケカンバやカエデ類などの落葉広葉樹が混生します。

そして四国山地ではシコクシラベが山頂部に見られます。ただ中部地方以北では、ブナ林より標高の高い場所に亜高山帯針葉樹林があるといった形が一般的ですが、紀伊山地や四国山地ではトウヒとウラジロモミに、ブナやミズナラが混生するのが特徴です。

針葉樹林に湧く穏やかな流れ、苔むす河床の緑が美しい。

亜高山帯針葉樹林の分布する山域の例として、飛騨山脈の穂高連峰の山懐にある上高地の森林散策を紹介します。

上高地といえば梓川の穏やかな流れと、急峻な穂高の山々との対比による景観を思い浮かべることでしょう。しかし森林に目線を向けてみると、この谷間がいかに素晴らしいか知ることができます。大正池から梓川沿いに遊歩道を辿ってみると、川畔ではハンノキやケショウヤナギなどが生えているのに気付きます。これは梓川の氾濫によって針葉樹が育つことができなかったからなのです。少し山際へ寄ると、トウヒ・コメツガなどの針葉樹の森が現れます。そこでは土壌が安定していて、樹の生長が脅かされず、森と澄んだ湧水があいまった美しい景観が生じています。

重厚感ある趣きのコメツガやオオシラビソの森。

河童橋からさらに上流へ向かい、明神池の畔まで脚を延ばしてみましょう。ここは九州の海から来たといわれている古代の民、安曇族にとっての聖域で、穂高見命を祀る穂高神社の奥宮が鎮座しています。昔、神河内といわれた谷間に、こよなく澄んだ湧水をたたえる明神池は、神祀るに相応しい静寂を漂わせています。

深まりゆく梓川の畔、カラマツやダケカンバの秋色が鮮やか。

この森を構成する樹木

落葉広葉樹ハンノキ
シナノキ
ケショウヤナギ
オオバヤナギなど
常緑針葉樹
トウヒ
コメツガ
ヒノキ
イチイなど
落葉針葉樹
カラマツ

上高地

所在地域:長野県松本市
問い合わせ:上高地観光旅館組合 ☎0263・95・2405
http://www.kamikochi.or.jp

アクセス
電車:JR松本駅より上高地線新島々(しんしましま)駅、あるいはJR高山駅よりバスまたはタクシー。
マイカー・長野自動車道松本ICから沢渡(さわんど)駐車場、あるいは中部縦貫自動車道高山ICから平湯駐車場からはシャトルバスまたはタクシー。
*上高地の環境保護のため、マイカー規制を行っている。

写真・文: 石橋睦美 Mutsumi Ishibashi

1970年代から東北の自然に魅せられて、日本独特の色彩豊かな自然美を表現することをライフワークとする。1980年代後半からブナ林にテーマを絞り、北限から南限まで撮影取材。その後、今ある日本の自然林を記録する目的で全国の森を巡る旅を続けている。主な写真集に『日本の森』(新潮社)、『ブナ林からの贈り物』(世界文化社)、『森林美』『森林日本』(平凡社)など多数。