日本の各地には、素晴らしい風景があります。そして、そこには様々な物語が刻まれています。ここでは、写真家・青柳健二が日本各地で切り取った後世に残しておきたい素晴らしい風景をシリーズでお伝えします。

写真・文 : 青柳健二 Kenji Aoyagi

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約230戸の集落全体に約2万本のフク木が立っている

沖縄島の北部、本部半島は、年間の降水量が約2,000ミリ、平均気温が23.4℃で、気温の年較差が少ない温暖な地域である。この半島の先端に位置する備瀬の集落は、熱帯魚から深海魚までいろんな魚を鑑賞できる世界最大級規模の「沖縄美ら海水族館」から徒歩で約10分の場所にあり、沖縄の人気観光スポットのひとつでもある。

さんご礁に囲まれた遠浅の海を持つ本部町備瀬では、「フク木並木」という独特の屋敷林を見ることができる。

フク木(漢字では福木、方言名プクーギ)は、フィリピン原産のオトギリソウ科の樹木で、まっすぐに育ち、楕円形で肉厚の葉が密集して付いているので、木を並べて植えることで壁ができ、防潮、防風、防砂、防火用として用いられる。台風の多い地方ならではの集落景観をつくりあげている。

また、沖縄の伝統的な紅型、琉球紬などに欠かせない黄色の染料は、このフク木の心材や樹皮中から採れるという。

沖縄には、約500年前に東南アジアからフク木が移植されたとのことだ。かつて、フク木並木は沖縄島の方々で見られた。しかし現在では、那覇などの都市部では見られなくなり、沖縄島の一部や各地の離島に残るだけになった。

この白い砂浜を持つ備瀬のフク木並木はその一か所である。備瀬の並木は県内最大の規模があり、民家約230戸の集落全体に約2万本のフク木が立っているという。沖縄島のほかの集落の屋敷を囲っている材料を比較しても、備瀬の場合は、フク木が用いられている割合が70数パーセントとダントツに高い。あとの材料はブロックで20パーセントほど。たとえば世界遺産に含まれる今泊の集落ではフク木が40数パーセントで、ブロック30数パーセントである。それだけ備瀬はフキ木の屋敷林が特徴的なのだ。

琉球王朝時代に植えられ、風水思想が応用された

備瀬の集落が形成されたのは1609年にまでさかのぼる。フク木は17世紀後半、琉球王朝時代に植えられたとされている。 中には、推定樹齢250~300年といわれる古いフク木もある。

風水は土地の吉凶を判断する地相術のことだが、現在、南中国、台湾、香港、韓国などの東アジア文化圏に広がっている。風水では、大地は一個の生命体で、その地中に気が流れていると考える。その気の流れる地形の善悪を読み取ることが風水の基本だ。

17世紀、この風水は琉球へも伝わった。琉球王国では住宅,集落,墓地,国都などの築造、山林の管理などに国策として風水思想が応用された。王国には蔡温という天才風水師がいて、屋敷にフク木を植えるように指導した。備瀬も風水思想に基づいた集落と考えられている。フク木はそれぞれの屋敷を囲い、また集落全体を囲んでいる。これはまさに風水の「気」が逃げない状態の「抱護」の概念が具現化したものだ。

現在の集落は碁盤の目状に整備されているが、これは規則的宅地割が基になっているためだという。計画的に整備された集落の形態をいうが、 1737年の土地制度の変化によるものとの説がある。

1983年に「沖縄の自然百選」に選ばれている

第二次世界大戦では沖縄本島が壊滅的な被害を受けたが、備瀬のフキ木も空爆によって一部が失われた。また戦後復興のため、 新建材が必要となって、フク木が伐採されたこともある。1975年、海洋博覧会が開催されたことがきっかけで、集落に雇用をもたらし、備瀬が観光地として注目されるようになった。そして1983年には「沖縄の自然百選」に選ばれている。

フク木は高さが10m~20mになるので、暑い日差しでも、並木の中に入るとひんやりと気持ちがいい。白い砂地の道に木漏れ日が射す。ゆらゆら揺れる光のまだら模様が美しい。並木通りはまるで緑のトンネルのようだ。

集落内の民家は、ほとんどが古い造りのものである。 通りを村人が静かに通り過ぎる。そのあとを放し飼いの犬がのんびり歩いていた。いつの間にか現れて、風のように消えていった犬。ほんとにあれは、現実の犬だったのか、それとも精霊の化身かなにかか・・・。時間が止まったような沖縄の文化的景観のひとつだ。

観光客にとっては、ほんとに気持ちがいい風景である。しかし、地元の人のフク木並木に対する思いとしては、塩害を防ぎ、誇れる文化的景観としての意識のほか、蚊の発生源でもあり、実は悪臭を放ち、観光地化によって生活を覗かれるのが迷惑だというマイナスの意識もあるそうだ。

ぽっかりと開いたトンネルの先には、エメラルド色の海がきらきらと輝いている。遠くには尖がった山が印象的な伊江島が見える。白い砂浜に出ると、海岸沿いにたくさん立ち並ぶ杭の一角で、女性が海に入っていっしょうけんめい何か作業をしているのが見えた。これはアオサの収穫をしているという。また、その沖には小船が浮かんでいたが、モズクの種付けだと教えられた。

参考資料

東京大学大学院 農学生命科学研究科「地域森林景観」

http://www.fuuchi.fr.a.u-tokyo.ac.jp/lfl/report/2007bise/report.html

琉球大学農学部 仲間勇栄「村落環境の管理システムとしての山林風水の意義一近世琉球の村落・林野景観を事例にして一」

http://www.jsppr.jp/academic_journal/pdf/Vol.2_No.1_P39-46.pdf