シェーラ・クリフ博士は、和服に関する日本を代表する権威であり、ファッションと学問の世界を熱狂的な情熱で結びつけています。彼女は和服が過去の遺物ではなく、生きて進化し続ける芸術形態でありファッションの声明であると強く信じています。実際、この考え方は彼女の博士論文の中心的なテーマでした。
東京の自宅にクリフを訪ねた時、クリフは、新しい素材や現代的な影響、革新的な技術を取り入れた現代のデザイナーたちの貢献を熱く語ったのです。これは、和服が博物館で見るのが最もふさわしい静的な伝統的な衣装という一般的な考えとは対照的な、活気あるアプローチです。

着物研究者のシェーラ・クリフ博士は、最初、夏を過ごしながら日本の空手を学ぶつもりで日本に来ました。空手を学ぼうと思った理由は、本来の目的である役者になるために役立てよう考えたからです。

しかし、クリフは日本で過ごすうちに、着物の魅力に取り憑かれることになりました。このことが、彼女を日本で初めての「外国人の着付け教師」にしたり、着物の研究と教育の学術キャリア、着物に関する一般書の著者、そして思いもよらないソーシャルメディアの「着物インフルエンサー」というキャリアへと導いたのです。

1カ月の空手修行のための滞在予定が、数十年に渡って日本と関わりを持つことになったのです。

彼女にとって故郷と言える場所、それが日本なのです。

着物の創造的な可能性

着物は確かに日本の豊かな文化遺産の象徴であり、ファスト・ファッションに支配される世界にあって、特異で美しい選択肢のひとつとして存在していますが、クリフにとっては着物が持つ無限の色と柄の創造的な可能性に魅力を感じています。クリフは日本における現代の地味な生地への傾倒に深い懸念を抱いているのです。

「日本人は落ち着いたベージュ色を好む傾向が強いです。美しい絵柄が消え、全体的に地味になっているのです。現在日本人が好む「無印良品」や「ユニクロ」の商品をみるとその傾向がわかります。これが、日本の人々がオフィで自己表現するのを難しくしているのです」。

この色と絵柄の消滅は、日本が19世紀末に近代化を進めようとした明治期に始まります。それによって、公務員の洋服に代表されるように、日本の男性は、華やかな女性的な服飾から距離を置き、無名の黒や茶色のシャツと硬質なウールのスーツを受け入れるようになったのです。

クリフは、日本の人々が鮮やかさを恐れなかった時代を体現する存在と言えます。彼女はテレビや雑誌に頻繁に登場し、あるいは街中を歩けば、通りがかりの人に、写真を撮られたりもしています。彼女のトレードマークである日本の着物に西洋のアクセサリー(帽子やジュエリー)を組み合わせた華やかなスタイルが、皆が注目するところなのです。その衣装は、その場の状況や彼女の気分に合わせて鮮やかにコーディネートされているのです。

しかし、一般の人がクリフに抱くイメージとは異なり、クリフは日常も常にキモノを着ているわけではありません。「人々は私がとても華やかな生活を送っていると思っているけど、実際にはそうじゃない。ガーデニングや裁縫が好きで、庭仕事をしている時にはキモノを着ません!」

それでも、彼女は多くの時間を着物で過ごしており、私たちが自宅に訪ねた時も、裁縫のクラスから帰ってきたばかりで、控えめな青いストライプのリネンの着物を着ていました。これは、一般の人がクリフに抱く元となった彼女のユニークな着物ファッションを紹介している『Sheila Kimono Style』(2018年出版)の中のクリフとは対照的と言えます。でもそれも非常にファッショナブルではあるのですが。

古いキモノに新しい命を吹き込む

縫製の話題に戻りますが、クリフは数年前から人気のある着物縫製クラスに参加しており、このインタビューの時には、自分で復刻版の銘仙(めいせん)の反物から着物を縫っている最中でした。銘仙は約100年前に人気を博した機械織りの絹で、幾何学的な形や西洋のモダニズム芸術運動に触発された抽象的なモチーフが特徴です。

クリフが取り組んでいる布地にはペンギンのデザインが施されていました。ペンギン柄の着物の布地は突飛と思えますが、緑と茶色の色調の現代の復刻版はオリジナルに比べて控えめだと言います。

「このデザインは大正時代に登場しました。この生地のアンティークピースは秩父の銘仙館にありますが、色はほんとうに派手で、ピンク、黄色、ターコイズ色が使われています。」

クリフの戸棚には、彼女が丹念にほどいた古い着物の反物がぎっしり詰まっています。それぞれの着物がほどかれた後、その裂地(きれじ)は、元の布の状態に戻され、再び縫い合わされます。これは、「洗い張り」と言って、再び布を洗って再度きっちりと伸ばす作業をするためです。伸ばされた布は、また縫製されて新たな着物に生まれ変わるのです。

「着物はたいへんモジュールなものです(規格化された交換可能な構成要素を持つ物)、すべてのピースを12mの反物(たんもの)から切り出し、縫い目で着物をほどき、元の反物を新しく縫い合わせ、また、完全な着物にすることができるのです。無駄は全くありません。端切れも一切ありません。すべてが揃っているのです」。

次に、着物の反物は「洗い張り」に出されます。これは専門的な工程で、布がプロによって洗浄され、元の形に戻るように伸ばされます。特に縮緬(ちりめん=絹の縮緬織り)などの絹布の形や色を保つために、この工程は重要です。縮緬はきつく撚られた絹糸から織られており、水に入れると半分以下のサイズに縮むことがあるのです。された

クリフが再仕立て用に準備している布地の束に加えて、クリフは、ほどいて再制作したいと思っている着物をたくさん持っています。「これで数年は持つわね」とクリフ。彼女は新しい着物は購入せず、代わりにアンティークマーケットや中古品ショップから使用済みの着物を調達しています。そこで縫製が必要になってくるのです。クリフが縫製の訓練に熱心なのはこのためです。

「誰かに縫ってもらうと、裏地を付けるかどうかや布地の量によって2万円から4万円かかるんだけど、それを自分でやればその分のお金を節約できるわけです。これだけの布地があれば、その額を掛け算するとかなりの額になるでしょう。これが、私が縫製に稽古に多くの時間を費やしている理由です」。

労力はかかりますが、満足感のある作業です。

着物を正しく着る方法

クリフが西洋のアクセサリーと着物を組み合わせることは、少しルール違反だと思われるますか?

「自分自身がルール破りとはあまり思っていません。大切なのは、フォーマルとインフォーマルを分けることです。結婚式や正式なイベントなどフォーマルなイベントにに行くときは、しっかりとフォーマルな装いで行くことです。インフォーマルな着物でフォーマルなイベントに行くのは、ジーンズで結婚式に行くようなもので、適切ではありません。

彼女の見解では、現在では、多くの人が着物をフォーマルな場面だけに着ることが多いため、着物は常にフォーマルに着るものと勘違いされている人が多いのです。しかし、最近では、特に若い人たちの間で、カジュアルに楽しむために着物を着る動きが広がっています。

「私はこれを『着物も再民主化』と呼んでいます。人々が単に自分が好きだから、着たいからという理由だけで着物を着るようになることです。結婚式や特別な理由があるからではなく、ただ自分が楽しみたいからと」。

「ドレスアップを楽しむ」ことと、着物を文化的に適切に着ることの間にはどこに線引きがあるのでしょうか?クリフさんは基本的なルールを知ることが重要だと考えています.

「ルールに縛られすぎないことも大切です。皆さん、着物を着ることはちょっと神秘的でやっかいなものだと思っていますが、実際にはそうではありません。今ではオンラインでたくさんの情報が手に入ります」

クリフは、着物をセンスよく着るヒントや帯の簡単でお洒落な結び方を知るために、インスタグラムの『ayaayaskimono』が役立つと言っています。また、最初は浴衣から始め、着物を洋服の上から着ることも薦めています。

「ジーンズやレギンスの上に、シャツやタートルネックと一緒に着るのもいいでしょう。そうすると、少し難しい襟の処理を気にしなくてすむからです」

今日の着物の進化

着物が単なる博物館の展示品として時が止まったいるわけではなく、現代においても relevant(関連性を持ち続ける)ためには、デザイナーや着用者が引き続き実験と革新を行い、この進化の物語を語り続けることが重要です。博物館は、国内外の人々に着物の豊かな遺産を伝え、関与させる力を持っています。

「日本の博物館は着物の物語が『銘仙』で終わると主張しようとしていますが、それが私にはほんとうにフラストレーションです。まるで銘仙の後は西洋の服を着るだけで、それで終わり」と言っているようなものです。決して銘仙が物語の終わりではありません」

クリフのフラストレーションは、着物の進化の全体像や、現在着物ファッションの境界を押し広げている現代のデザイナーや職人たちの物語を伝える機会が失われていることから来ています。

この物語を語らないことで、博物館は着物の現代社会における関連性を示すことができず、着物が過去の遺物であるという考えを無意識に助長しているのではないか、と彼女は言います。

これは、2020年にロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で開催され、その後2023年9月から2024年1月までチューリッヒのリートベルク博物館で展示された「Kimono: Kyoto to Catwalk」の展覧会で語られたこととは対照的です。

「ヴィクトリア&アルバート博物館は1920年の銘仙だけで終わりませんでした。その後の世紀、つまり現在までの間、人々がどのように着物を着ていたか、スター・ウォーズのコスチュームなど映画でどのように使用されていたのか。さらにポップカルチャーにどのような影響を与えたかまで含まれています。また、日本の有名な現代の職人たちも紹介されています」

男の着物スタイル

クリフは、男性用着物市場での革新に興奮しており、この分野のファッションに対する可能性について熱心に語ります。

「男性は常にネイビーブルーやブラック、ブラウンといった控えめな色に縛られたくないと考えており、変化が始まっています。もっとカラフルになってきているんです。ルミ・ロックのような人たちが男性用着物のデザインを手掛けていますし、ヴィクトリア&アルバート博物館の展示会で紹介されたデザイナーたちもそうです。原宿のローブ・ジャポニカは男性用着物を専門にしていて、とても鮮やかでカラフルです。さらに、アクリル製の下駄までも作っていて、ほんとうに素敵なんですよ!」

クリフが見せてくれた下駄は、新しい素材と伝統的な職人技が組み合わされていました。

「京都の『和次元 滴や(わじげん しずくや)』は、さまざまな素材を試しており、レザーやメタリックな仕上げのものもあります。それはちょっと『スター・ウォーズ』のような感じで、さまざまな種類の袴やコート、マント、バッグを試しています。男性的で、男性的な色合いですが、ファブリックやテクスチャーは多種多様です。毛羽立った生地にぶら下がっている部分があったり、レースが使われていたりします」。

銀座6丁目の高級ショッピングセンターに和次元 滴やでは、男女両方の着物があり、デニムやジャージー素材のシグネチャーラインも展開しています。

「和次元 滴やでは、さんまやクラゲのようなほんとうに興味深いデザインの男性用着物を作っています。ですから、男性用着物には大きな可能性があると思います。男性もスタイリッシュでありたいんです。着物の中に隠れることはできませんし、注目を集めますから!」

クリフは日本における着物への一般的な認識に挑戦し、過去と現在をつなぐ進化する芸術形態としての着物のかたちを求め続けています。彼女の最新の本「キモノ・エボリューション」は、若い日本の読者に対し、着物を彼らの想像力のキャンバスとして使うことで、着物の進化に積極的に参加するように呼びかけています。

KIMONO EVOLUTION(キモノ・リボルーシン)

著者:シーラ・クリフ
出版社:芸術新聞社
https://www.gei-shin.co.jp