スペイン語で「大鍋」を意味するカルデラは火山活動で生まれた巨大な窪地。大量の溶岩が吹き出した後、地下の空洞に大地が落ち込んで形作られた独特な地形です。
阿蘇くじゅう国立公園の阿蘇のカルデラの周辺には豊富な水と温泉がわき出ています。その中のひとつ、人気の高い地獄温泉を訪ねました。
文 : 佐々木 節 Takashi Sasaki / 写真 : 谷口哲 Akira Taniguchi
阿蘇カルデラに降り注いだ雨が火山の恵みとして湧き出す
年間降水量が3000㎜に達する阿蘇地方は、日本でもかなり雨の多いエリアで、外輪山周辺からは筑後川など6本の大きな川が流れ出ています。これらはそれぞれ有明海や別府湾(瀬戸内海)、日向灘(太平洋)へと流れていくのですが、その水は約500万人もの人々が水道として利用しています。阿蘇が「九州の水がめ」と呼ばれるのはそのためです。
外輪山に囲まれた阿蘇カルデラの内側では、地中に染み込んだ雨水は長い年月を経て清らかな湧水となり、あちこちから湧き出しています。その代表とも言えるのが、一級河川・白川の源になっている南阿蘇村の白川水源でしょう。川底の砂を巻き上げながら湧き出す毎分60トンの湧水は水質も優れているため、その場で飲むことができます。
そして、阿蘇の水の恵みと言えば、もうひとつ見逃せないのが温泉でしょう。このあたりには内牧温泉や黒川温泉のような大きな温泉地ばかりでなく、秘湯感あふれる小さな湯宿まで、さまざまな温泉があります。そのなかでも熊本地震からの復興のシンボルとして注目を集めているのが地獄温泉・青風荘です。
そもそも地獄温泉は、肥後・細川藩が硫黄を入手するために管理していた温泉で、明治維新後、民間に払い下げられてからは湯治場として多くの人に親しまれてきました。青風荘は阿蘇五岳のひとつ、烏帽子岳の中腹に建つ一軒宿ですが、源泉が複数あり、内湯や露天などいくつもの湯を巡ることができました。
奇跡の湯「すずめの湯」
その多くの湯の中でも最も人気が高かったのが混浴露天の「すずめの湯」です。その湧き出し口は湯船の真下にあり、灰色の泥を含む38〜43℃の湯が微かな硫化水素ガスとともに尻の下からプクプクと湧き上がってくるのです。まさにこれ以上の新鮮さはありえない源泉掛け流しの湯で、温泉ファンからは「奇跡の湯」とも呼ばれていました。
ところが、16年4月の熊本地震とその後の大雨により、地獄温泉の裏山では大規模な土石流が発生してしまったのです。当時の状況を副社長の河津謙二さんは次のように語っていました。
「土石流の直撃こそまぬがれたものの、青風荘は建物も温泉も大半が泥に埋め尽くされ、壊滅的な状況でした。そんななか、すずめの湯だけが無事だったのです。地震前と変わらぬプクプクという音を立てながら、乳白色の湯をたたえているすずめの湯を見た時、地獄温泉は必ず復活できると確信したのですよ」。
(取材・2017年春)
新しくなったすずめの湯
熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陽2327
http://jigoku-onsen.co.jp/onsen/
震災から丸3年。 2019年4月16日にようやくすずめの湯はスタートすることが出来ました。 今までのすずめの湯は皆様から愛された『混浴温泉』でした。 すずめの湯のメインである露天は混浴、女性専用の利用時間も設けておりましたが、どうしても利用に躊躇してしまうという方も多くおられたのが現状です。 この度の震災を経て地獄温泉青風荘.が一度リセットされた状態になりました。
復興に向けて今までのすずめの湯を、そのまま復活させることも考えましたが、今までのお客様の声を活かし更に多くの人から愛される温泉となるために決断しました。「誰しもが気軽に入れる温泉」これがすずめの湯の進むべき道と私達は考えました。温泉好きの方には申し訳ないですが、今後湯浴み着を着て入ることで老若男女誰もが周りを気にすることなく一緒に奇跡の温泉に浸かることができる温泉に。さらにはトランスジェンダーの方々にも周りを気にすることなく温泉を楽しんでいただける。これが本当の意味での誰もが楽しめる温泉ではないかと私達は考えます。
復興の第一歩としてまずは「すずめの湯」から。また、浴槽にあった区切りをなくし、広々とした浴槽に。男女別で入れる内湯も一新して、木造とRC(補強されたコンクリート)の融合した震災にも耐えられる施設としました。今までのお客様も、これから利用されるお客様も皆様に愛される温泉として更に進んでいきます。