富士山は眺めて楽しむもの、とも言うけれど、やはり日本一の山、一度は自分の足で登ってみたい!
そして、視界を遮るものなどなにひとつない富士山頂という特別な場所から、神々しいご来光を拝みたい。というわけで、いざ! 富士登山に挑戦です。
文 : 栗山ちほ Chiho Kuriyama / 写真 : 金子雄爾 Yuji Kaneko
<1日目—五合目から八合五勺の山小屋へ>
富士登山に訪れたのは、都内はまだ残暑が続く9月半ば。混雑するハイシーズンが過ぎ、のんびり歩ける時期ですが、富士山に吹く風には秋の冷たさを感じます。
4つの登山ルートのうち、傾斜がゆるやかな吉田口を選び、山頂に一番近い八合五勺(八合目と九合目の中間、8.5合目のこと)にある山小屋に泊まって、夜中に歩いて山頂で御来光を見る一泊二日の行程。すでに閉業する山小屋もある時期ですが、吉田口ルートは山小屋数が多く、まだ営業しているところもいくつかあります。
非日常的な絶景を背に山頂目指してひた進む。
歩き始めはなだらかな傾斜が続き、途中の分岐で本格的な登山道へ、だんだん景色が〝山〞に変わります。六合目から先は山中湖を遠くに眺めながら、ひたすら登り続けます。雲が目線と同じ高さを流れ、あっという間に視界を覆うことも。 富士吉田ルートはジクザグの登山道が続き、見上げた先のその先の道まで登山者の姿が見え、上の方の人影は米粒ほどのサイズ。まだ道のりが長いと目で見てわかり、ときどき大きなため息が出てしまいます。でも、振り返ると目の前に山中湖が横たわり、どこまでも山々が折り重なる絶景が広がっています。歩き始めて1時間ちょっとで、日常生活からかけ離れた世界に出会えるのです。
信仰の山に抱かれ、不思議と人生まで考えるように。
すでに森林限界(高山で樹木が育成できる限界地点で、標高2,400~2,600mあたり)を超えて樹木はなく、日差しが容赦なく降り注ぐと非常に暑くなります。しかし、標高が上がるほど気温が下がり、立ち止まると汗が冷えて寒く感じるほどです。 ほとんどが砂と砂利の道で、ところどころ急斜面の岩場もあります。雨の後など岩が濡れているときは滑りやすいので注意が必要です。
山小屋が段々に並ぶ七合目を過ぎ、標高3000mを越えると空気が薄く息切れするように。この先は八合目、本八合目、八合五勺と通過ポイントが小刻みに続き、立ち止まっては目指す山小屋はまだか、と見上げてばかりでした。 歩き始めて6時間以上、本日の宿泊先「御来光館」に到着。山頂に一番近い富士山八合五勺に建つ小屋で標高3,450mです。ようやく到着した安堵感とそこからの眺めの美しさにホッと一息。
日が暮れるととたんに気温が下がりはじめます。眼下の富士吉田市のあかりが瞬き始めたころには、そろそろ就眠の時間。明日はいよいよ山頂へ向かいます。
<2日目—宿泊した山小屋からいよいよ山頂へ>
小屋泊まりとはいえ、翌朝の歩き出しは深夜2時。山頂に一番近い山小屋なので、これでも出発時間は遅いほう。 山麓を見下ろすと登山者のヘッドライトの灯りの隊列が続いています。皆、山頂で見る御来光目当ての登山客。富士登山は真夜中が大混雑するのです。
混雑を予想して余裕をもって宿を出ましたが、それでもたくさんの人々が闇夜に列を作っています。ツアー客らしい団体をいくつも追い抜きつつ、黙々と登り続けること約2時間半、砂埃が舞う登山道を進むと、山頂直下に鳥居が。 これをくぐれば、ついに登頂です!
御来光と向き合う。自然と心が洗われていく
吉田口は富士山頂の東側に着くため、日の出が正面から望めます。 じっとしていると体温が下がり、凍える手をこすり合わせながら待つこと約1時間。東の空がゆっくりと赤くなり、太陽が雲間から現れた瞬間、まぶしい光が勢いよく目に飛び込んできました。あちこちで歓声が上がり、手を合わせる人の姿も。息を呑むような荘厳さ、神々しさを目にし、自然と祈りたくなるのです。
あたりが明るくなると雲海が横たわる壮大な景色が広がり、空中散歩気分を味わえます。日が高く明るくなるにつれ、遠くの山々まで見渡せるようになってきました。 体力に余裕があれば、ぜひ体験したいのが富士山の火口を一周する「お鉢巡り」。山頂の西側に回ると大地にくっきりと浮かぶ影富士にも出会えます。
火口を歩くこと30分あまり、岩の上に要塞のようなものが見えてきます。ここが剣ヶ峰最上部の富士山測候所跡、正真正銘、3,776 mの日本最高地点です。 1時間半ほどかけて火口を周り、吉田口に戻りました。
別世界に別れを告げて。
8時、そろそろ下山しましょう。 登りと異なる道になっており、大きなS字の坂道がどこまでも続いています。
下りは砂の道を黙々と進むのみ。歩みは早いが足への負担が大きく、後半は膝に力が入らずふんばりがきかなくなってきます。
3時間ほどで富士スバルライン五合目に無事到着しました。 一歩一歩ゆっくりと進めばいつか必ずたどり着く。なんだか富士登山は、目標に向かって地道に進む人生のよう。
黙々と進みながら、そんな自分との対話がはじまるのも素敵なことだと思います。