日本各地には、人々の暮らしの中から生まれ、
人々によって口承されてきた様々な言い伝えや物語があります。
これらは「民話」として総称され、
その風景と共に人々の間で語り継がれて来ました。
ここでは、今でも各地に語り継がれている民話と、
その民話を生んだ風景を、写真家・石橋睦美が訪ねます。

秋吉台のカルスト地形

なだらかな丘陵帯に石灰岩の露岩を群立させる秋吉台(あきよしだい=山口県美祢市)は、日本有数の(*)カルスト台地である。その地下にある秋芳洞(あきよしどう)は、百万年ともいう大地の変動の歴史を秘めて、およそ現実とはかけ離れた異空間的景観をつくり出している。

巨大な洞内には清涼な流れがあって、鍾乳石による神秘的な造形は神々しいまでに美しく、ここを舞台に語り継がれるひとつの民話に哀愁を帯びさせるのである。

秋芳洞の鍾乳石

いまから六百年以上も昔のことになる。長門の国(現在の山口県西部)はひどい干ばつに襲われ、農作物は採れず里人は困窮していた。あまりの惨めさに自住禅寺の住職寿円禅師は、秋芳洞に籠り雨乞いをすることにした。その様子を見ていた河童がいた。河童は空腹に耐えかね、寺の鯉を一匹盗み食いしたことがある。きっと自分に罰を与えようとしているのだと勘違いして雨乞いを邪魔したが、意に介せず寿円はただひたすら祈り続けた。その姿に河童は過ちを悟り、償いに禅師の世話をやくようになる。

秋芳洞の鍾乳石

寿円が雨乞いを始めて三十七日目の満願の日であった。雷鳴が轟き、雨が降り出した。雨脚は激しくなり、寿円は水かさが増した流れに飲み込まれてしまう。

それを見て河童は寿円を助けようと川へ飛び込むが、さすがの河童も押し流される。それでも必死に寿円を抱きかかえ、岸辺へ辿り着くが力尽き、河童は濁流に巻き込まれ寿円も助からなかった。

後に村人は寿円の亡骸を火葬し、遺灰を練り込んだ像を建て禅師河童として祀ったという。

秋吉台のカルスト地形
秋吉台の石灰岩の露岩

(*)カルスト台地:カルスト地形とは、石灰岩などの水に溶解しやすい岩石で構成された大地が雨水、地表水などによって侵食されてできた地形をいう。

<秋芳洞>

秋吉台国定公園に属する「特別天然記念物」
秋吉台国定公園の地下100m、その南麓に開口する日本屈指の大鍾乳洞。総延長は10.7kmを越え国内第2位。 洞内には約1km観光コースが設定されており、時間が凍結したような不思議な自然の造形美の数々は人々を魅了する。また、温度は四季を通じて17℃で一定し、夏涼しく冬は温かく観光には快適。 

■所在地:山口県美祢市秋芳町秋吉3506-2

■総合案内:秋吉台観光交流センター総合案内所((一社)美祢市観光協会) 
TEL:0837-62-0115 FAX:0837-62-0899

■入洞受付・閉洞時間
8:30~17:30 閉洞18:30 ※3月~11月 通常期 
8:30~16:30 閉洞17:30 ※12月~2月 閑散期 
※黒谷入口・エレベーター入口からの入洞は16:30迄

■観光所要時間
目安:約60分(往復約90分)
山口県美祢市 秋吉台国定公園観光情報

https://karusuto.com

写真・文: 石橋睦美 Mutsumi Ishibashi

1970年代から東北の自然に魅せられて、日本独特の色彩豊かな自然美を表現することをライフワークとする。1980年代後半からブナ林にテーマを絞り、北限から南限まで撮影取材。その後、今ある日本の自然林を記録する目的で全国の森を巡る旅を続けている。主な写真集に『日本の森』(新潮社)、『ブナ林からの贈り物』(世界文化社)、『森林美』『森林日本』(平凡社)など多数。