『日常茶飯事』の言葉どおり、お茶と日本人の暮らしは切り離せないもの。それだけにお茶の種類は地方ごとに特色がたっぷりです。全国の産地紹介第2弾です。

近畿・四国

栄西禅師が種子を持ち帰り、明恵上人が根付かせたお茶の栽培。

京都・宇治茶の郷 和束町の美しい「円形茶園」

古くから日本茶の文化を牽引してきたのが京の都。宇治茶をはじめ、京都周辺でお茶の栽培が盛んに行われきたのも、ある意味、当然のことといえるでしょう。 鎌倉時代のはじめ、禅宗とともにお茶の種を日本に持ち帰ったのが栄西禅師。「養生の仙薬、延命の妙術」とされた貴重な種子は、その後、明恵上人に託され、彼の開いた栂尾山高山寺において日本初の本格栽培が始まったとされます。やがてそこから宇治にもお茶の栽培技術は伝わり、室町時代になると三代将軍・足利義満の保護を受け、国内随一の茶どころに発展してゆきました。

奈良県の大和高原一帯で栽培される茶はさらに歴史が古いとされ、大同元年(806年)、弘法大師が唐から持ち帰り、現在の宇陀市榛原赤埴に種をまき、その製法を伝えたという伝説も残っています。
一方、生産量や知名度では畿内のお茶に及びませんが、海を渡った四国にもお茶の栽培技術はしっかり根付いてゆきました。なかでも寒暖の差が大きく、朝晩には川霧が立ちこめる高知県の山間部には、山の斜面に段々畑が切り拓かれ、京都や奈良とはひと味違う個性的なお茶が栽培されています。

政所茶(まんどころちゃ) 滋賀県

滋賀県の東近江市政所町周辺で栽培される日本茶。琵琶湖の東岸に残る在来種の茶どころで、山間地の茶畑には、饅頭が並ぶようにこんもりとした茶樹が育てられている。在来種は、野趣に富んだ力強さ、すっきりしたのど越しと余韻が楽しめる懐かしい日本茶の味。

宇治茶 京都府

宇治は古くから日本第一の産地とされてきた茶どころで、江戸時代後期には玉露製法が開発された。茶畑を囲む棚に摘採前20日以上菰(こも)などをかけ、日光をさえぎる。日本茶の礎を築いた豊潤の味わい。

日光を遮ってできる特上宇治玉露は覆い香が漂う芳醇な味わい。

京番茶 京都府

煎茶や玉露、碾茶(てんちゃ)を収穫した後に伸びた葉などを利用したほうじ茶で、京都では定番の味として親しまれている。蒸した後、揉まずに乾燥させ、さらに強火で炒る。スモーキーで香ばしく、飲み口はさっぱり。カフェインが少なく、子どもやお年寄りにもおすすめ。

大和茶 奈良県

奈良県北東部の山間地を中心に作られるお茶。弘法大師が唐より持ち帰った茶の種を植えたという伝説も残る。まろやかな味わい。

阿波晩茶 徳島県

徳島県中部の上勝町、南部の那珂町相生地区に伝わる後発酵の茶。新芽を夏まで十分に成長させ、蒸すか茹でた茶葉を樽に詰めて2~4週ほど寝かす。乳酸発酵した茶を天日干しして完成。さわやかな甘味があり、苦渋味は少ないやさしい味。

徳島の山間部に伝わる乳酸発酵茶。爽やかな甘みがやさしい。

碁石茶 高知県

世界でも珍しい漬物のようなお茶。阿波晩茶と同じく後発酵茶に分類されるが、樽に漬け込む前に一次発酵させ、樽から出した茶葉の塊を切る工程が加わる。乳酸発酵独特の酸味があり、茶として飲むだけでなく、茶粥にも使われる。

天日に干している様が碁石のように見えることから、この名で呼ばれる大豊の碁石茶。二度の発酵工程が独特の酸味を生む。

九州・沖縄

大陸からの玄関口としてお茶の伝来や普及に大きく貢献。

名峰・開聞岳を望む鹿児島県知覧の茶畑。国内有数の大規模栽培が行われている。

日本茶の歴史を遡っていくと、そこには最澄、空海、栄西……といった高僧たちの名が連なります。ただし実際のところ、日本へとお茶を伝えたのは彼らだけではありません。そこには稲作の伝来などと同様、一般レベルでの文化・文明の交流があり、大陸からの玄関口となっていた九州という土地が重要な役割を果たしてきたのです。

東シナ海や朝鮮半島を経由して、古くからお茶の栽培技術がもたらされてきた九州には、畿内や東日本にはない独自のお茶文化が残っています。そのひとつが釜炒り茶(生葉を蒸さずに釜で炒って酵素の働きを止めたもの。煎茶のように揉みで形を整える工程がない)や、玉緑茶(蒸すことによって酵素の働きを止めるが、釜入り茶と同様、揉みの工程は行わない)といった伝統的な製法。また、現在「うれしの茶」と呼ばれる佐賀や長崎の茶は、幕末期、長崎の出島からヨーロッパに向けて輸出され、日本茶を世界に知らしめることにも貢献しました。

これまで日本の三大銘茶というと「色の静岡、香りの宇治、味の狭山」などと謳われてきましたが、茶生産高でみると、全国第2位の鹿児島を筆頭に、宮崎、福岡、熊本、佐賀などの九州勢が大健闘しています。新茶の収穫時期が早く、地域によっては四番茶まで穫れる収穫時期の長さもあって、国内有数のお茶どころとなっているのです。

八女茶 福岡県

福岡県南部の筑後川—矢部川流域に挟まれた筑紫平野で生産される日本茶ブランド。特に山間地は朝霧や川霧が発生しやすい土地柄で、なだらかな山の斜面を霧が覆い、上質のお茶を栽培する自然条件に恵まれた場所だ。特産の八女玉露は直射日光をさえぎる覆いのもと、手摘みで収穫されていく。

八女玉露。1滴から口いっぱいに広がる甘美な旨味をじっくり味わいたい。

うれしの茶 佐賀県

佐賀県南西部の嬉野町を中心に、長崎県も含めた周辺エリアで生産される茶を「うれしの茶」と呼ぶ。主流は蒸し製玉緑茶で、この生産量は日本一。茶葉は、細くよれながら緩やかにカーブしている。上品な香りで、渋みの少ないまろやかな口当たり。

くまもと茶 熊本県

煎茶、蒸し製玉緑茶、釜炒り茶、紅茶と多様な茶が作られている熊本県。釜炒り茶は、朝鮮から帰国した加藤清正公とともに来日した技術者が伝えたといわれる。特に玉緑茶は全国の生産量の1/4を誇る。

宮崎茶 宮崎県

宮崎県内の茶生産量は京都と全国4位を争うレベル。その9割は煎茶だが、特に釜炒り茶は生産量全国1位。また、高千穂・五ヶ瀬地方には伝統的な製茶技術が伝わっている。

かごしま茶 鹿児島県

最新技術も導入し、大規模に管理の行き届いたお茶づくりを展開する鹿児島県は、いま最も勢いのある茶産地のひとつ。そんな鹿児島屈指の産地が薩摩半島南部の知覧。良質な茶に独自の火入れで、濃い緑の香りとコクが広がる。

良質な茶に独自の火入れで濃い緑の香りとコクが広がる知覧茶。

ぶくぶく茶 沖縄県

明治時代から那覇で親しまれてきたぶくぶく茶は、茶碗に盛られた泡をパクッと食べてから、下の茶を飲む。泡は炒り米を煮た湯、さんぴん茶(ジャスミン茶)などを点てたもので、こんもり盛られた泡が味の決め手、すっきりした素朴な味わいが魅力。

文: 佐々木 節 Takashi Sasaki

編集事務所スタジオF代表。『絶景ドライブ(学研プラス)』、『大人のバイク旅(八重洲出版)』を始めとする旅ムック・シリーズを手がけてきた。おもな著書に『日本の街道を旅する(学研)』 『2時間でわかる旅のモンゴル学(立風書房)』などがある。