病に倒れた人の絶望感を癒やすことを願い、祈りを込めて富士山を撮り続ける、孤高の写真家、岳丸山の作品をシリーズでお伝えします。今回は、西伊豆・黄金崎からの撮影です。

西伊豆・黄金崎の岸壁は、プロピライトいう花崗岩が風化して出来たもの。夕陽に染まる黄金色の岩肌が有名である。

月夜の岸壁の彩りを写真に納めたくチャンスを狙うが、暖冬で冷え込みが弱くなかなか撮れない。

大雨の翌日午前3時、南中を過ぎ西に沈む満月の月明かりが岸壁を照らし始めた。富士の積雪が肉眼でも見える。

「今だ!・・」

絶壁に立ち、入念にカメラをセットする。月光の下で輝くプロピライト、ざわめく波音、夜目でも緑と映る岩上の松、紺碧の海、遠方の岬に打ち寄せる波頭、街の灯、南アルプスの山々、星の軌跡、そして鎮まる富士。

伊豆の厳寒期、あたかも深夜に奏でられた夜想曲のようであった。

夜間撮影の魅力

夜間撮影の最大の魅力は、人間の目では決して見ることの出来ない、シュール(非現実的)な世界を写すことが可能な事である。 20世紀を代表するドイツの建築家、ミール・ファン・デル・ローエの言葉に、「God is in the details(魂は細部に宿る)」がある。素晴らしい芸術作品や良い仕事は、細かい所をきちんと仕上げており、こだわったディテールこそが作品の本質を決定するという意味である。

人は細部を、意識されない脳の領域で「見る」ことによって「魂」に遭遇する。脳の深い領域、つまり潜在意識レベルでの感動がある。   淡い月明かりが、長時間低感度フィルムに刻まれる世界は、まさに写真表現におけるシュルレアリズムである。朝焼け、雲海、ダイヤモンド富士、紅富士、など数ある富士山の光景の中でも、私を最も魅了して止まない。