唐朝最盛期の文化を国家的規模で取り入れて隆盛を極めた奈良の都。大陸との交流がさまざまな芸術分野の発展を促し、数々の文化遺産を今日に残しました。そして1998年、寺社建築6件のほか平城宮跡や春日山原始林が世界遺産登録されました。
歴史的、考古学的価値のきわめて高い古代宮遺跡
『万葉集』に「咲く花の匂ふがごとく今盛り」と、その繁栄ぶりを詠われた平城京。大和平野の北の外れに遷都したのは710年、その規模は東西約4.3㎞、南北約4.8㎞におよび、中央北辺に宮城、そこから真っ直ぐ南に幅員90mの朱雀大路が走り、南端には羅城門がありました。そして大路をはさんで東西に左右両京、さらに東北部に外京をおいて市街を構成し、そこに20万もの人々が暮らしました。
都は桓武天皇の長岡京遷都まで7代70余年続き、この地にきらびやかな天平文化の花を咲かせました。それは唐朝最盛期の文化を国家的規模で取り入れたもので、大陸的なスケールの大きさやおおらかな気風に、仏教的色彩を濃くしているところに特徴がありました。
現在、平城宮跡は国営公園として整備され、政治や国家行事の場となった大極殿、宴遊の行われた東院庭園や朱雀門などが復元され、匂ふがごとく栄えた往昔の偉容を伝えています。発掘調査では地下遺構が完全な状態で残り、土器や瓦、木簡など8世紀の埋蔵品が大量に確認されたことから、歴史的、考古学的 価値の高い古代宮遺跡として評価されました。日本の文化遺産では建造物が主でしたが、考古遺跡が含まれたのは今回が初めてでした。


再建ながら創建時の偉容をとどめる五重塔
平城京遷都により、多くの寺院が都城内外への移転を余儀なくされました。薬師寺の場合、718年に現在の西ノ京に移されたとされますが、現在地に新築されたとする説もあります。奈良時代以前の古い様式を伝える三重の東塔が特に有名ですが、1976年の金堂以降、西塔や大講堂、そして2017年には食堂(じきどう)を復元し、天平の昔の大伽藍をよみがえらせました。
同じ西ノ京の唐招提寺は鑑真により759年に創建。特に金堂は、奈良時代の金堂建築の中で唯一現存する遺構です。この時代に多い建物前面に吹き放ちの列柱をもつ様式で、8本の大円柱が連なりギリシアの神殿建築を想わせます。その北に位置する講堂は平城京の東朝集殿の移築で、改修により姿を変えてはいますが、古代宮殿建築の数少ない遺構です。
藤原氏の氏寺として創建された興福寺は、平城京遷都のときに飛鳥から現在地に移されました。当時の最有力者で天皇家の外戚でもあった関係で、主要堂塔の多くは天皇や皇后の発願によっています。奈良時代の壮麗な堂塔伽藍は火災や戦禍で失われ、今日見られるのは古いもので鎌倉時代、大方はそれ以降の再建です。それでも五重塔は創建時の規模、北円堂はここでは最古の八角形の建物です。

天平文化を象徴する東大寺の建造物群
興福寺の南に位置する元興寺(がんこうじ)は、6世紀末に蘇我馬子(そがのうまこ)が飛鳥の地に創建した法興寺が始まりで、遷都後現在の寺号に改められました。奈良時代には東大寺や興福寺と並ぶ大伽藍を誇りましたが、中世以降荒れ果て衰退しました。今日まで残るのは極楽坊と呼ばれる本堂と禅室などですが、それらの建物は法興寺の最後まで残った僧坊の遺構と言われ、丸瓦を重ね葺きにした屋根が独特で、禅室の一部に582年の伐採とされる木材が使われています。
聖武天皇の発願により国家鎮護の寺院として創建された東大寺。創建当初は高さ約50m、幅約88mの大仏殿、南大門付近には100mにもおよぶ2基の七重塔がそびえるなど、世界にも類を見ない巨大木造建造物を有する大伽藍でした。その後、建物はたびたびの火災で失われ、現在の大仏殿も江戸時代の再建です。
中に鎮座する大仏は正式には盧舎那仏(るしゃなぶつ)、頭部は江戸時代の改鋳ですが衣や台座の一部は造立当初のままです。三月堂とも言われる法華堂は創建以前の遺構で、優れた天平仏の数々を保管しています。今では唯一ここだけに残る正倉院は8世紀半ばとされる建物、転害(てがい)門(もん)も創建当時のままで、ゆったりとした屋根勾配に天平建築らしい趣を漂わせています。

大陸文化を発展させ、後世に影響をおよぼした優れた文化財
御蓋山(みかさやま)西麓に鎮座する春日大社は遷都後間もなく藤原氏の氏神として創建されました。朝廷の崇敬もあって繁栄し、中世以降は民衆の間にも広まりました。本殿は切妻造妻入り、屋根は檜皮葺き(ひわだぶき)、正面に廂(ひさし)をつけた4棟が軒を接して建ち、その構成は平安時代以来変わらず、御蓋山など周囲の自然と一体となった古来の神社建築の姿をよくとどめています。
境内背後の春日山原始林は、9世紀に狩猟や伐採が禁止されて以来社叢として保護され、今も立入りできません。春日山とは御蓋山を中心とする一帯を言い、森には温帯性や暖帯性の樹木、暖地性のツル植物やシダ植物、寒帯性の樹木まで混生します。古くから歌にもよく詠まれ、信仰の対象としてばかりでなく、その豊かな自然にも目が向けられていました。
世界遺産登録にあたっては、各寺社を構成する建造物群はいずれも大陸文化を独自に発展させ後世に影響をおよぼす優れた文化財であること、春日山原始林の場合は自然と一体となって形成された日本的宗教空間の特質を示す顕著な事例であることが評価されました。
現在、平城宮跡では敷地内を横切る近鉄奈良線と県道104号線の移設について検討されていますが、いまだ方向は定まっていません。










