神の使い・眷属(けんぞく)として、日本各地で今もなお崇め奉られる「狼信仰」を辿る。
写真・文 : 青柳健二 Kenji Aoyagi
日本での狼信仰はいつから始まったのだろうか。
まず、オオカミと縄文人の関係を想像させる資料がいくつか出土している。岩手県一関市の貝鳥貝塚からは、細長い鹿角の先端にオオカミの頭が彫られた狼形鹿角製品や、オオカミの犬歯や下顎骨に穴を開けた垂飾品が見つかっている。千葉県我孫子市の下ヶ戸貝塚からは、オオカミの下顎骨を加工した垂飾品、千葉県千葉市の庚塚遺跡からは、上顎犬歯が加工された垂飾品も出土している。
また、奈良県唐子遺跡からは、神事に使用されたと思われるオオカミの下顎骨が発見されていることから、弥生初期にはすでに狼信仰の片鱗が見られるという。
菱川晶子著『狼の民俗学』には、「鎌倉時代の辞書『名語記』には、次のような説明がある。
「オホハ大也 カミハ神也 コレヲハ山神ト号スル也」
これによると、「オホカミ」とは「大神」からきており、「大神」はまた「山神」と呼ばれていたのがわかる。今日もみられる狼を山の神とする伝承は、鎌倉時代にすでにあったことがこれによって知られる。」とある。
日本でオオカミは、農作物を守ってくれたので益獣でもあった。
狼信仰は山岳信仰と結びついて盛んになるが一時衰えた。そして再び狼信仰が盛んになったのは、江戸時代中期から明治時代にかけてである。秩父を中心にした多くの神社がお犬さまのお札を出すようになった。そのことにつては、前回までに書いた通りだ。
牧畜が盛んだった西洋では、家畜がオオカミに食べられる被害が多発していた。だから、オオカミ被害が多かった西洋では「イヌ」と「オオカミ」を混同することはありえないという。イヌは仲間で、オオカミは敵、という区別がはっきりしている。ところが日本では、オオカミはシカやイノシシを食べ、結果、人間にとっては農作物を守ってくれたので益獣になった(東北地方などの馬産地は除いて)。日本ではイヌとオオカミの混同があったようだ。
直良信夫著『日本産狼の研究』には、次のような記述がある。
「昔の人びとが、山犬もしくは山の犬と呼んでいたものは、真正の狼や野生犬を含めての呼び名であったことだろう。が、実際には見かけの上では、そのどちらともつかない雑犬が主体をなしていたのではなかったであろうか。」
中国から「豺狼(さいろう)」という漢字が輸入された
このように、犬との雑種がいたようだ。「山犬」とあいまいに呼ばれた動物は生物学的には「ニホンオオカミ」のことだったが、山には、オオカミもいたし、オオカミと犬との混血もいたし、山で暮らす野犬もいたし、たまたま山に来た家犬もいただろう。さらには、中国から「豺狼」という漢字が輸入された時、日本にはいなかった「豺(さい)」を「山犬」と訳したことで、日本人のイメージの中ますます混乱が生じた。
江戸時代の資料では、豺を狼と同じ動物と認識していたものもあるし、両者は違う動物と認識しているものもあった。時代が下って、明治から昭和にかけて刊行された動物図鑑でさえも狼と豺の名称にはブレがみられたという。
しかも日本の本州以南に棲んでたニホンオオカミは小型だったということもあり、たとえ、昔の人がイヌ科動物に遭遇しても、どれがどれだか区別はつかなかったというのが真相だろう。
そもそもオオカミが棲息していた明治以前も、山に住む人や猟師や峠越えをする旅人以外、一般の里に住む人たちがオオカミを目にしていたとも思えない。しかも今のようにネットがあるわけでもなく、オオカミの目撃談やオオカミの絵(この段階ですでに誇張されたものが多かったろうが)を見聞きする機会もなかったはずだ。
狼については観念的な要素が特に強い傾向にあった。
『狼の民俗学』には、「宗教関係の狼図は、観念的な要素が特に強い傾向にあった。狼は早い時期に仏教や修験道などの宗教に取り込まれ、強靭かつ神秘的な生き物としての役割を与えられていたのがわかる。山野に生息する実在の動物からはかけ離れた、いわば人々の想像の産物ともいえる狼像である。」
また、ブレット・ウォーカー著『絶滅した日本のオオカミ』には、下記のような記述がある。
「韓国、中国から渡来した宗教の伝統(仏教が最有力)は、日本人のオオカミに対する態度にも影響し、絵馬・お札・石像などに見られるように、貴いオオカミを図像的な型の中に住まわせた。農村の「現世」確立と同じように、やがて、仏教の理論はオオカミを実体とはかけ離れた姿に遠く追いやった。」
全国の狼信仰の神社に置かれている狼像の姿にも、同じことが言えるかもしれない。生物学的なオオカミと、御眷属としてのお犬さまは別ものと考えた方が良さそうだ。
想像の産物だからこそ、人々の中に様々な思いが生まれた
狼像は本当に千差万別だ。そこが魅力でもある。それは石工たちの想像力の豊かさということはもちろんあるが、そもそも、オオカミと犬との区別もあいまいな日本の状況下では、オオカミの実像を知らなかったということなのだ。
石工たちは本物を観察して作ったのではなく、たとえば「犬のような動物」「大きな口」といった情報を自分なりに想像力を膨らませてお犬さま像を仕上げたのだろう。
しかし、お犬さま像の魅力は、むしろそこにあるのかもしれない。想像の産物だからこそ、「畏怖」「神秘」「強さ」など、オオカミに対する人々の思いがストレートに表現されているともいえるのではないだろうか。