総合芸術といわれる茶道において、亭主が数名の客を招き、じっくりと交流を深める正式な茶事。ここで出される食事が茶懐石です。亭主が粋を集めて客をもてなす茶懐石には、相手を楽しませるというもてなしの神髄が詰まっています。
ここでは、茶の湯文化の普及に力をいれている「木挽町 大野」の大野友之さんにお話をお聞きしがなら、実際の懐石料理と茶懐石の流れを御紹介します。

良いものだけを使った誠心誠意のもてなし

現在では懐石料理という言葉は多様に使われますが、本来の懐石とは茶事で出される食事のことを示します。茶事とは亭主が少数の客をもてなす小寄せの茶会のこと。対して大寄せの茶会は、大勢の客を一堂に招き菓子や薄茶などでもてなします。

茶事で供される茶懐石は、禅の影響を受け、その作法から多くを取り入れています。そのため濃茶や薄茶を飲むときと同じように、箸の上げ下ろしや食器の使い方に至るまで、細かな作法や決まりごとがあるのです。しかし、そのひとつひとつには意味があり、亭主と客がお互いに相手のことを思いやる心配りが込められています。

「茶道に精通している人は、身体に染みついた作法が自然な動作となって表れます。しかし、無理にやろうとするとぎこちなくなって、肝心の食事やお茶を楽しむことができません。常識をふまえていれば大丈夫。自然体でリラックスして、食事を楽しめば良いと思います」

そう話すのは気軽に茶の湯文化を体験してほしいという思いから、1日1組限定で茶懐石を提供する「木挽町 大野」の大野友之さん。

「唯一注意したいのは、緊張しすぎて茶碗を落とさないようにすること。亭主は大切にしている器で客をもてなします。器にも感謝して尊ぶ心を持つことが必要です」
茶懐石は一汁三菜を基本とし、酒とともに強肴(4.しいざかな)、八寸(6.はっすん)なども振る舞われます。その形式に則りながら、季節や茶事の主旨、客の好みなどに合わせて献立を考え、旬のものを使い、素材の持ち味を活かすシンプルな調理法で供される料理。その魅力を大野さんは語ります。

「茶事では、亭主がそのとき準備できる最も良い食材、器、道具などが使われます。その日のために精一杯の準備をして、誠心誠意のもてなしをする。そんな素晴らしい文化が日本にあることを、ぜひ多くの人に知ってほしいと思います」

茶事のおおまかな流れ

茶懐石や茶事の流れ、動作には、ひとつひとつ作法や意味があり、流儀により違があります。ここでは詳しい作法は省略し、一般的な茶懐石や茶事のおおまかな流れを紹介しています。

① 席入 (せきいり)

待合に集まり白湯で喉を潤した後、手水で手と口を清め、にじり口から席に入る。

② 初炭 (しょずみ)

後の濃茶のために釜の湯を準備する。亭主が炉に炭を継ぎ整える動作は、炭手前と呼ばれる大切な作法のひとつ。

③ 懐石(かいせき)

懐石のときも亭主は客と一緒に食事はせず、自らが給仕し、もてなしに徹する。

④ 中立( なかだち)

食事が終わった後、客は一度外に出て休憩となる。亭主は床の掛け軸を片づけ、花を飾り準備をする。準備が整うと銅鑼で合図をする。

⑤ 濃茶(こいちゃ)

客は再び手と口を清めて席入。亭主により濃茶が点てられ、客は回し飲みをし、茶椀を拝見する。

⑥ 後炭 (ごずみ)

亭主が落ちてきた炭を足し、釜の湯を継ぎ足す。

⑦ 薄茶(うすちゃ)

干菓子が出され、亭主により薄茶が一人一服ずつ点てられる。亭主が道具をしまっている間に、客は薄茶器を拝見する。

⑧ 退出(たいしゅつ)

挨拶を交わし、亭主がにじり口の前に座り「送り礼」をして客を見送る。

※夏季は炉ではなく風炉を使うため、炭手前は行われない。

亭主と客が気持ちを交わす茶懐石の流れ

9月の頃、菊に長寿を祈るとされる「重陽の節句」をテーマに、「大野」で提供されているコースをベースとした、一般的な茶懐石の流れを紹介します。

最初に出される少量の飯、汁をいただくとすぐに盃に酒が注がれる。その後「八寸」で本格的な盃事となる。

1.向附(むこうづけ)

本鮪たたき汁ゆりね

最初は手前に飯椀、汁椀、奥に向附が置かれた折敷が出される。裏千家では少量の飯を一文字に盛る。客は両手で飯・汁椀のふたを同時に開け、飯から口をつけ、汁を飲み干す。その後亭主が燗鍋(かんなべ)を持って席に入り、酒をつぐ。続いて亭主が飯器を持ってきて、飯と汁をお代わりする汁替となる。客は亭主の給仕を辞退して、飯器を回して自分でつぐ。

2.煮物椀(にものわん)

きせわた(胡麻豆腐・蒸し雲丹・青菜・ゆず・松茸)

蒔絵などが施された椀に、澄まし仕立てで煮含めた煮物に青菜や柚が添えられる。酒は二献目が注がれ、以後燗鍋は客に託される。「きせわた」とは重陽の節句の習慣。菊花に綿をかぶせ、露と香りが移った綿で身体をなでると長寿を得るとされる。今回の「煮物椀」では雲丹を菊、胡麻豆腐を綿に見立てている。

3.焼物(やきもの)

かます塩焼

焼物は人数分が鉢に盛られ、青竹の取箸を添えて供される。これを客が各自で向附の器に回し取る。青竹の取箸は水に塗らして清められたものが使われる。焼物は季節の魚が焼かれたものが出される。骨の一本も残っていない、丁寧な仕事にもてなしの心が宿っている。

4.強肴(しいざかな)

インカの目覚め・かも治部煮(左)蓮菊見和(上)

一 汁 三 菜を基 本とする茶 懐 石においては、焼 物までが食 事の中 心で、強 肴 以 降はその時々の趣 向により自由度がある。通常、強肴は酒の肴になるものが出される。牛肉や豚肉は使わないため、魚介類や鶏肉、鴨肉であることが 多い 。「 大 野 」では「々(おなじく)」として、2つめの強 肴も出される。強肴の後は二度目の汁替となり、その後は飯器が下げられる。

5.小吸物(こずいもの)

莫大海(ばくだいかい)

小吸物は箸洗いともいわれ、ここで一度食事を終わりにして、次の八寸で酒を楽しむために口を清めるという意味がある。そのため、淡泊な味つけの吸物であることが多い。「大野」では「莫大海(ばくだいかい)」という木の実を加えた、昆布の一番だしの吸物が出される。

6.八寸(はっすん)

オクラ・唐墨からすみ

海のものと山のものの2種類の肴が、杉木地でできた八寸角の器に盛られて供される。亭主は客に酒をつぎながら、小吸物椀のふたに八寸を取り分けていく。八寸は亭主の分も盛られており、客から拝借した盃で酒を一緒に飲みながら肴を食べ、茶の湯に関連する会話「数寄雑談」を楽しむ。

7.香の物・湯斗(こうのもの・ゆとう)

胡瓜・人参・湯の子

最後に鉢に盛られた香の物を回し取り、湯斗に入った湯を、飯・汁の両椀に取り、飲み干して器を清める。「湯の子」とはお焦げのこと。湯斗の湯は、昔は飯を炊いたときの釜に湯を入れてお焦げをこそげて作った。禅寺に習い貴重な水を節約し、器も釜も食べる過程で清める習慣である。「大野」ではご飯を焼いて煎餅を作り、香ばしい香りをつけている。

8.濃茶・薄茶

食事が終わった後は、主菓子が出される。その後いったん客は退席して「中立となり、濃茶、後炭、薄茶とメインイベントである亭主の手前が続く。「大野」ではお茶を趣味とするご主人が着物に着替え、茶室の準備ができた時期に声がかかり、客が茶室に移動して、ご主人の手前を拝見して薄茶をいただく。



木挽町 大野

銀座木挽町の料亭で生まれた大野友之氏は、幼い頃から板場を仕切る父と、女将として店を切り盛りする祖母と母を見て育つ。幼少期から美食を味わうことで繊細な味覚を培ったという。調理師学校を卒業後、茶懐石料理の名店で修業し、料理はもちろん作法や決まり事まで学び、茶の湯の文化を気軽に味わってほしいと店を構えた。
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