武道や格闘技では、誰もが選手の強さに注目します。ところが、合気道の世界には試合もなければ、もちろん勝ち負けもありません。めざすのは自分自身を高め、相手を思いやる気持ち。日本に古くから伝わる武道を独自の精神でまとめ上げた合気道は、ときに「和の武道」とも、「動く禅」とも呼ばれます。その魅力を探るため、合気会・本部道場を訪ねました。

稽古を通じて自分を律し、高める

小柄な人が大男を投げ飛ばしたり、可憐な女性が苦もなく暴漢をねじ伏せたり……。合気道というと、こんなシーンを思い浮かべる人が多いかも知れません。なかには無敵の武術だと思っている人もいるようですが、しかし、それは合気道の本質ではありません

「稽古を通じて自分を律し、高めること。そして、相手を思いやること。それが合気道のめざすところなのです」

こう語るのは合気会の植芝守央道主です。

そもそも合気道には試合というものがありません。武道でありながら、「強い・弱い」や、「勝ち・負け」は一切存在しないのです。稽古は2人一組で、『取り』と『受け』を交代で行います。技をかけるのが『取り』、技をかけられるのが『受け』で、それぞれの技を右左交互にかけていきます。まず右で投げ、左で投げ、次に右から投げられ、左から投げられ……をひたすら繰り返すのです。

ただし、この稽古ですが、たとえ指導者でも、技術的なことは一切教えないそうです。あえて言うなら「先達が導いてあげるだけ( 植芝道主談)」とのこと。また、柔道や剣道と同様、合気道にも段級位はありますが、昇級や昇段は技量が近い者同士で組み、技の習熟度を審査するだけです。こうして合気道の特徴を書き連ねていくと、武術あるいは護身術としての有効性について、疑問を抱く方が出てくるかも知れません。

実際に体験してみました

合気道の技を実体験してみました。指導員は女性、細身の方で見たところ体重40kg程度。ただし合気道歴30年、五段の持ち主です。

正座して向き合い、両腕を差し出され、「思い切り掴んで、私を押さえつけてみてください」と言われたので、その通りにすると、次の瞬間、こちらの身体がふわりと浮き上がり、仰向けにひっくり返っていました。「もっと本気で」と笑顔で言われ、むきになって押さえつけようとするのですが、結果はまた同じ。

まるで体験者の周りだけ重力がなくなり、踏ん張りが効かなくなってしまったような、実に不思議な感覚でした。

開祖は植芝盛平翁。理想は「宇宙自然との調和」

合気道には投げ技や固め技(関節技)のほか、武器を持つ相手を制する太刀取り・杖取り、2人の相手を同時に投げる二人取りなど、数多くの技があります。これらは日本古来のさまざまな武術を融合したものですが、ひとつの武道として確立したのは意外と近年のことです。

開祖・植芝盛平翁は現道主の祖父で、その生まれは明治16年(1883年)。日露戦争出征の前後から、あらゆる武術の研鑽に努め、大正初期、北海道開拓時代に柔術の達人と出会い、その修業を通じて独自の総合武術に開眼したと伝えられています。

その盛平翁が提唱した合気道の理想とは「宇宙自然との調和」というもの。相手を腕力で倒すのでなく、自分の心と身体、自分と対する相手、さらには自分の周りのすべてのものと調和することこそが真の武道だとしたのです。「合気道でいちばん大切なことは?」という問いに、植芝道主はこう答えていました。

「途中でやめずに、とにかく稽古を続けることです」

子どもの頃から道場に通うという女性も、同じ意味のことを話していました。「私には家庭があり、職場があり、そして、合気道があるという感じなのですよ」

彼女にとって合気道は生活の一部であり、少々大げさな言い方をすれば生き方そのものなのかも知れません。

まるで深い森に囲まれた神社のよう

道主が模範演武を見せる日曜の稽古、合気会の道場には100人近い会員が集まります。道場は広いのですが、なにせ大勢が集まるため、二人で組み合うスペースはわずか1畳分ほど。他の格闘技では考えられない密集ぶりです。そのなかで人々は『取り』と『受け』を黙々と繰り返していきます。まさに和の武道ならではの稽古風景でした。

しかも、これだけ人たちが投げ、投げられ……を繰り返しているのに、道場内には熱気や人いきれは皆無でした。聞こえてくるのは道着の衣擦れと摺り足の音だけ。まるで深い森に囲まれた神社にでもいるような、清々しい空気に満ちていたのです。

合気道を始めるには

入門と稽古は、全国にある合気会の道場で受け付けます。基本的に道場の稽古は毎日あり、毎日コースから日曜コースなど自分の生活パターンや休みに合わせ、稽古することができます。このため、出勤前と仕事帰りに汗を流していく会社員も少なくないといいます。

稽古内容は、中心となる一般クラスのほか、初心者クラス、女子クラス、少年部などがあります。

詳しくは下記ホームページまでお問い合わせください。

http://www.aikikai.or.jp

公益財団法人合気会

開祖・植芝盛平氏(1883〜1969))が『合気の道』という独自の武道を提唱し始めたのは大正末期。昭和6年(1931年)には現在の合気会合気道本部道場がある東京都新宿区に専門道場を建設し、その後、全国各地に支部道場が開設され、現在日本国内にある支部道場は2400か所に登ります。

二代道主・植芝吉祥丸氏の時代には、世界に合気道を広める活動も盛んになり、昭和51年(1976年)には国際合気道連盟(IAF)を設立。現在、世界35カ国に支部道場があり、合気道は国境を越えて普及しています。

こうした背景もあり、本部道場を訪ねると、目に付くのは稽古に精を出す外国人の姿。単なる武道としてだけでなく、日本の文化や伝統に触れる絶好の機会としても、合気道は愛されているのです。一方、合気会の日本人会員の中には、海外旅行の際に必ず道着を持参し、海外の支部道場で稽古を楽しむ人も多いといいます。こうした交流ができるのも合気道の魅力のひとつでしょう。

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*この『めぐりジャパン』は、株式会社シダックスが発行していた雑誌『YUCARI』のWeb版として立ち上げられ、新しい記事を付け加えながらブラッシュアップしているものです。