明治6年、日本の暦は太陽暦に変わりました。そしてこの明治の改暦の時から、千年以上もの間使われ続けてきた太陰太陽暦は「旧暦」と呼ばれるようになりました。
旧暦は特別に優れた暦というわけではありませんが、千年以上も日本で使われ続けた暦ですから、日本の歴史や伝統行事を考える上でその知識が欠かせません。
日々の暮らしの中に、季節に応じた旧暦の知識を取り入れることで、皆様の暮らしがもっと豊かで、楽しいものになることと思います。
文 : 鈴木充広 Michihiro Suzuki / 絵 : 朝生 ゆりこ Yuriko Aso
旧暦と新暦
暦というと、日付や曜日の並んだカレンダーを思い浮かべる方が多いと思いますが、暦はそうした目に見えるものだけでなく、それを作るための計算の方法や年月日の長さを示す数値などといったさまざまな決まりごと(暦法)を含んだものです。暦法は何かの理由によって変更される場合があり、この変更を「改暦」といいます。暦法が変われば、作られる暦も変わりますから、改暦前の暦法の暦を旧暦、改暦後のそれを新暦と呼んで区別します。
日本では明治5年と6年の間に行われた明治の改暦が最後の改暦です。この改暦によって、日本の暦は天保暦からグレゴリオ暦に変わりました。つまり現時点で考えれば天保暦が旧暦、グレゴリオ暦が新暦ということになります。
しかし、現在の日本で使われる旧暦と新暦という言葉の意味は少し違います。「旧暦」は太陰太陽暦(いわゆる陰暦)全体を、「新暦」は太陽暦(いわゆる陽暦)全体を指す言葉として使われるのが普通です。暦の説明をする立場から考えると少々乱暴な気はしますが、そこはおさえて、世間一般の使い方にあわせ、以後はこの大雑把な分け方で「旧暦」と「新暦」という言葉を使うことにします。
旧暦はどんな暦?
暦はその仕組みから、月の満ち欠けの周期の「月」を基本とした「太陰暦」と太陽の動きの周期の「年」を基本とする「太陽暦」、そしてその両方の仕組みを組み合わせた「太陰太陽暦」の3つに分けることができます。
旧暦は、月の満ち欠けによって暦月を区切るという太陰暦の仕組みと、太陽の位置によって一年の長さを区切る二十四節気という太陽暦の仕組みの両方を持った太陰太陽暦です。太陰暦と太陽暦の両方の暦の仕組みを持っているということで旧暦は優れた暦だと考えられがちですが、そうとばかりはいえません。それぞれの暦から長所を受け継いだ代わりに、異なる仕組みを組み合わせるために新たな問題を抱えてしまってもいるからです。
旧暦は特別に優れた暦というわけではありませんが、千年以上も日本で使われ続けた暦ですから、日本の歴史や伝統行事を考える上で旧暦の知識が欠かせないことは確かです。次号からは、旧暦がどのような暦なのかを「暦」という視点から眺め、説明していこうと思います。
師走・十二月
正月事始め
12月13日は正月を迎えるための準備の始まる日です。この日には、新しい歳神を迎える準備として一年間の煤や埃を払う煤払いが行われます。これは江戸時代、12月13日は「鬼宿日」という吉日となることから、江戸城の煤払いがこの日に行われたのが始まりだとされます。この日、煤払いから始まる正月の準備は、餅つきに床飾り、松迎えに節料理と、年の終わりまでつづいてゆきます。
歳の市
正月に用いる飾り物や縁起物から、雑貨まで扱う年の瀬の市のことを歳の市といいます。大小さまざまな羽子板が並ぶことで有名な浅草の浅草寺の羽子板市( 12月17〜19日)も、そうした歳の市の一つです。東北の各地に見られる「詰の市」や練馬の「関のボロ市」など、各地でそれぞれの特色を持った歳の市が立ちます。
大晦日
晦日は月末の日を表す言葉。晦日は「つごもり」とも読みます。暦の月末は月が姿を隠すことから「月隠り」が転じた言葉だといわれます。十二月は一年最後の月なので、その月末の日は「大晦日」といいました。大晦日の夜は神社や家に籠もり眠らずに過ごす歳籠という風習がありました。新しい年の歳神を迎えるためです。歳神は月のないくらい夜の闇をぬけて、眠らずに待つ人々のもとにやって来ます。そして、新しい年が始まるのでした。
睦月・正月
元日の朝のことを「元旦」といいます。元旦は年の始め、月の始め、日の始めが重なることから元三、三元、三始などと呼ばれる目出度い朝です。元旦には山や海辺に出かけ、あるいは寺社に参拝して初日を拝む風習があります。今でも大勢の人が「旦」の文字(地平線から日の昇るさまを象った文字)そのものの初日を拝み、新しい年の太陽の力を得ています。
春の七種( 春の七草)
元日から始まった正月が一区切りされるのが正月七日。この日は五節供の初め、「人日の節供」の日です。人日の節供は別名「七種の節供」。この日の朝には、春の七種(芹、薺、御形、繁縷、仏座、菘、蘿蔔)を刻み、雑煮に仕立てた七種粥を食べて無病息災を願います。ただし、露地物の七種を集めるには新暦の正月七日は少々早すぎるようで、七種の節供には旧暦の日付(今年は2月6日)の方があうようです
寒中
小寒〜大寒(1月5日〜2月3日)の期間は、一年で一番寒い時期とされ、寒中とか寒の内と呼ばれます。寒中の始まりを寒の入りといい小寒の日がそれにあたります。裸足参や寒垢離、寒稽古などの耐寒行事が各地で行われるのもこの寒中の時期です。寒中は一年で一番寒い時期ですが、寒中を過ぎれば春は間近です。