日本列島は南北に長いため、気候区分は亜熱帯から亜寒帯までと幅広い上、海岸線から高山帯までと地形の変化も複雑で、さまざまな環境に適応して暮らしている野鳥の種類も600種前後ととても多くなっています。そんな野鳥たちの暮らしぶりを、たまに小動物もおりまぜながらご紹介します。(和田剛一)

写真・文 : 和田 剛一 Goichi Wada

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イスカの嘴(はし)と食い違い

今時、「イスカの嘴と食い違い」などと芝居がかった言い回しを耳にすることはないのではないかと思いますが、用例としては室町時代に遡るというのですから、長い間使われてきたのですね。意味は、ものごとが食い違って思うようにならないこと。

それにしても、最近では、よほどの鳥好きでないと、イスカが鳥であることを知らないのではないかと思うのですが、さらに、くちばしが食い違っているなんてことを見たことがある人間は限られているのではないでしょうか。それが、大昔に芝居の台詞になったり、一般的に使用されていたりするというのは、おもしろいものです。

イスカは、スズメより少し大きいくらいなので、運良く出会ったとしても、よほど近くで見ないと、肉眼ではくちばしが食い違っているのを確認するのは難しい。くちばしが、右に食い違うか左かは、決まりはないようです。

左右それぞれに食い違っているくちばし。右の個体は、貫禄十分で年輪を感じます。

松ぼっくりに特化したくちばし

イスカの好物は、マツ科の種子ですが、松の球果は硬い種燐に覆われているため、これをこじ開けて種子を取り出すために、食い違ったくちばしが役立っている。実際にイスカの食事風景を観察してみれば、まず、頑丈なくちばしで松ぼっくりを枝から切り離し、食べやすい枝に運んでから、種子を取り出して食べます。これだけ、松の種子を食べることに特化したくちばしだと、最近のマツクイムシの被害の拡大は、ちょっと心配になってしまいます。

余談ですが、イスカはどことなくオウムに似ていると思いませんか。外見ばかりでなく、実は、くちばしも食べるためばかりではなく、枝移りするときなど、上側の枝をくわえて、よっこらせと上がったり、くちばしでぶら下がったりと、オウムのように器用に使ったりしているのを、たまに見かけます。

頑丈なくちばしで松ぼっくりを切り離しているところ。

硬い種燐にくちばしを差し込み、隙間を広げて肉感的な舌で種子翼を引き出し、器用に種子翼を外して種子だけを食べる。

繁殖は、厳寒の季節

イスカは、主に冬鳥として渡来するが、他の冬鳥と違っているのは、冬場に子育てをするものがいるということ。これは、松の種子が主食という食性に関係しているのでしょう。一度、厳寒の2月、長野県の蓼科で子育てしているイスカを観察したことがあるのですが、巣は、アカマツの入り組んだ枝の中で、その上に雪が積もっており、外からはまったく見えませんでした。巣立ちを観察したかったけれど、春の大雪で車が入れなくなり残念な思いが残りました。

冬景色のメス、黄緑色で、優しい顔つきをしている。

鳥の不思議な能力

人間の場合、たとえば塩分が不足して身体が補充を求めているとして、知識に頼らずそれを探し出すことができるかといえば、無理なことでしょう。野鳥のなかには、このような能力を持っているものたちがいます。

イスカも、コンクリートの壁に張り付いて、壁を舐めることがあります。コンクリートは、白華現象(エフロレッセンス)といって、雨水などといっしょに成分が浸み出し、それが結晶化して白く浮き出すことが知られています。イスカは、これを舐めているのです。どのような成分を必要として舐めているのか、わたしには学問的なことはわかりませんが、身体が要求する成分を見つけ出す能力には驚嘆してしまいます。

蓼科のリゾート施設の壁を舐めているイスカ。

写真・文: 和田 剛一 Goichi Wada

野鳥写真家。「日本の野鳥の生活感ある写真」を求めて全国を旅している。高知県在住。
主な著書に「WING野鳥生活記」「SING野鳥同棲記」(小学館)、「Sing! Sing! Birds!」(山海堂)、「野鳥撮影のバイブル」(玄光社)などがある。