落語や生け花、茶道などを通じて日本文化の素晴らしさを海外に発信しているイギリス・リバプール出身の女性落語家、ダイアン吉日さんに日本文化の素晴らしさをお聞きしました。ダイアンさんの日本の文化に対する深い愛情が、自ら着付けをした艶やかな着物姿にも表れていました。

ダイアン吉日(ダイアン・きちじつ)

イギリス、リバプール出身の英語落語家。ロンドンでグラフィックデザイナーとしと働いていたが、世界中を旅しようと決心し、バックパッカーをして1990年に日本にたどり着く。英語落語の先駆者、故桂枝雀師匠の「お茶子」を務めたことをきっかけに落語を始め、古典落語から創作落語までさまざまなジャンルを演じる。

高座ではさまざまな工夫をこらし、「わかりやすい落語」と子どもからお年を召した方まで幅広い年代に愛されている。今までに60カ国以上を旅した経験談や、日本に来たときの驚き、文化の違いなどユーモアあふれるトークを交えての講演会も好評。また、これまでの日本と海外の文化の懸け橋となる国際的な活動が高く評価され、2013年6月に公益財団法人世界平和研究所において第9回中曽根康弘賞奨励賞を受賞。

「和」の繊細な美しさが、私の心を揺さぶった

バックパッカーとして世界中を旅行していた私が、初めて来日したのは1990年。ニュージーランドのアルバイト先で知り合ったアメリカ人女性から、彼女が1年間住んでいた大阪に行くことを強く勧められたのがきっかけでした。東南アジアの国々を回ってから訪れた日本は、それまでに見てきた16か国とは違う印象を与えてくれました。

小さい頃から、お城や教会など古いものを見ることが大好きでしたから、日本の奥深い歴史と文化に触れることが楽しくて仕方ありませんでした。やがて陶芸を習い始め、それから生け花、お茶、着付けと、日本文化にどんどんハマっていきました。

「和」の繊細な美しさが、私の心を揺さぶったのです。西洋のフラワーアレンジメントはさまざまな種類の花をふんだんに使いますが、生け花は三角を基本にする構図で、多くの花を使わずすごくシンプルだけれどインパクトが強い表現が可能です。シンプル・イズ・ベストの真髄が、琴線に触れたのです。

和の魅力に取りつかれた私は、自分が好きなことを徹底的に勉強しようと思い、生け花と茶道の師範の免状を取得しました。いつか帰国しても教えることができるかもしれないし、時代の流れに左右されない文化なので、ずっと仕事にできる可能性もあると思ったのです。そうするうち、知人の紹介で英語落語を得意にされていた故桂枝雀師匠のお茶子(※)を務める機会を得ました。

(※)お茶子=寄席の際、座布団を換えたり名ビラをめくったりする舞台上のアシスタント」

古典落語を独学で勉強。大阪の長屋に住んで日本らしさを肌で感じる。

落語の世界に触れてみると、これもまた奥が深く、自分でもぜひトライしてみたくなって、当時あった英語落語道場に通い基礎を学び始めました。古典落語を独学で勉強し、辞書とにらめっこしながら英語に訳してみるのですが、物語の背景が現代ではないので、どうしても辞書で探しきれないこともあります。そういうときは、噺家さんたちに直接教えてもらいました。

また、自分自身も大阪の長屋に住んで日本らしさを肌で感じ、時代劇を見ながら当時の言葉や習慣などを勉強して、単なる翻訳作品ではなく、文化・習慣を正確に伝える物語を作ることに努めました。

英訳が難しいもののひとつが、日本独自の食べものです。古典落語の代表的作品「まんじゅう怖い」を英語に翻訳してみましたが、まんじゅうがどうしても伝えにくい。Rice cake ではないし、Bean cake と言うと材料が何かはわかるけれど、それがどんな食べ物なのかはわかってもらえない。思案した挙句、「まんじゅう怖い」ではなく「寿司怖い」に変えて話を仕上げました。

もっと日本文化を勉強して、世界中の人に、その魅力を楽しみながら知ってもらいたい

こうして苦労の末作り上げた英語落語を、海外で披露する機会を得ました。ここ最近は特に、外国で日本文化に興味を持つ人がどんどん増えていて、生の落語に初めて触れる彼らは、興味津々で聞きに来てくれます。最近訪れたドバイでは、ドバイで生まれ育ったので日本に住んだことがないという日本人の子が、生まれて初めて聞いた落語がイギリス人の話す英語落語だったという、とても面白いシチュエーションになりました。

日本が大好きな彼らと接していて、新しい夢が見つかりました。彼らに、もっともっと日本のことを知ってもらいたい。落語でも生け花でも着付けでも、私が感動して体得してきたものを、世界に伝えていきたい。そのためにも、私自身がさらに深く日本文化を勉強して見聞を広め、世界中の人に、日本の魅力を楽しみながら知ってもらいたいと思っています。

私の大切な日本。

ダイアン吉日さんが大切にしている3つのことを聞きました。

1.着物

私には、絶対に欠かせないアイテム。着るだけでなく、飾って目で楽しむものでもあり、美術品としてひとつの世界が出来上がっています。生け花を習い始めた時に、初めて着物を着て、素敵! かっこいい! と思いました。着ている間は苦しくて大変でもあるけれど、自然とエレガントな姿勢をとるようになるのも好きな点です。

デザインを見ても、着物一枚の中に木、空、川などさまざまなものが描かれていて、物語が完成しているのは圧巻でした。色の配色にしても、洋服だとあり得ない色の配色なのに着物はかえってその方が良かったりすることがあります。私を虜にした日本文化の代表です。

2.ダルマ

外国に行く時の、私の一押しの日本土産です。自分の夢を設定して、ダルマの片方の目を入れる。夢が叶ったら、両目を入れる。このコンセプトが、世界各地で大人気なのです。海外公演でダルマをお土産で渡すと、みんな、その両目を開かせようと一生懸命になります。

小さいころは絵を描くのが好きで、将来は美術関係かデザインの仕事をしたいと思っていた私は、グラフィックデザイナーとなってその夢を叶え、さらには世界中を旅し、外国語を身につけて異国で暮らしてみたいという夢も次々に実現しました。だから夢を持つことの大切さを、子どもたちには伝えたい。その分野で上手になれるかどうかはわからないけれど、夢は追い続けてほしい。その気持ちを思い出させてくれるのが、ダルマなのです。

3.侘びさび

茶道で日本人が持つこの独特の感覚を学びました。ハイテンションでおしゃべりな私ですが、茶室に入ると、ホンマに落ち着きます。畳の上には、お茶を入れる道具の他には静けさがあるだけ。身体の動作も普段とは違うゆっくりとしたペースになり、お客様との一期一会を大切にしようという気持ちになります。

茶室の中の凛とした空気が、おもてなしに集中させてくれる。その感覚がとても好きですし、何よりも日本らしいと思うのです。

文: 中曽根 俊 Shun Nakasone

1987年ウェストヴァージニア大学卒業。近畿日本ツーリスト株式会社、株式会社矢野経済研究所、海外のホテル勤務などを経て、1993年よりフリーランスの通訳・翻訳者として、NHK衛星スポーツでのアメリカ3大スポーツ中継番組やCNNワールドスポーツでの翻訳・ボイスオーバーなどに携わる。千葉ロッテマリーンズ球団でボビー・バレンタイン監督専属通訳、WBCでのインタビュー通訳、プロ野球オールスターゲームのオフィシャル通訳など多方面で活躍中。