森林大国である日本。かつて、動物や鳥だけではなく、子どもたちも裸足で跳ね回って遊んでいました。この豊かな里山が、数十年前から急速にその姿を消しつつあります。「子どもために豊かな森を」。未来へ向けて森をつくる、C・W・ニコルさんを訪ねました。(この記事は2016年に取材したものです)

C.W.ニコル(シー・ダブリュ・ニコル)さん

作家。1940年イギリス南ウェールズ生まれ。カナダ水産調査局北極生物研究所の技官・環境保護局の環境問題緊急対策官や、エチオピアのシミエン山岳国立公園の公園長など、世界各地で環境保護活動を行い、1980年から長野県在住。1986年から荒れ果てた里山を購入し「アファンの森」と名づけ、森の再生活動を始める。2005年、その活動が認められエリザベス女王から名誉大英勲章を賜わる。2020年4月、直腸癌により逝去。

「これ以上、森を破壊させてはいけない」。失われつつある森を黒姫で再生。

英国・ウェールズから日本へやってきて、長野県黒姫に居を構えるC・W・ニコルさん。長野県の一般財団法人「アファンの森」を運営・管理している、森のエキスパートです。

ニコルさんと日本の自然との出合いは、20代の時に空手の修行で来日したことがきっかけでした。道場の先輩に連れて行ってもらった雪山やブナの原生林は、北極の調査に参加したことのあるニコルさんから見ても圧倒的で神秘的だったそうです。「日本に森があるなんて、最初は意識していませんでした。でも、空手の先輩たちや、黒姫で知り合った猟師さんたちと一緒に山に入るうち、どんどんそのすごさを知り、のめり込んでいったんです」すっかり日本の虜になり、1980年からは黒姫を拠点に日本の自然を調べ始めました。ところが、ちょうど高度経済成長期だった日本は、開発のために、あちこちで原生林を切り拓いていた時代。ついに黒姫にもその波が押し寄せ、樹齢数百年にもなる立派な木々も無残に切り倒されていきました。「これ以上、森を破壊させてはいけない」。ニコルさんは、お金をはたいて自宅近くの森を買い取り、再生に向けて動き始めました。

「自然欠乏症候群」。自然がないと人間はおかしくなるんです。

ニコルさんが、森がなくなることへ警鐘を鳴らす理由の一つに〝自然欠乏症候群〞という病気があります。

「30年程前、アメリカの西海岸で子どもがおかしくなり、環境ホルモンのせいじゃないかと騒がれました。集中できない、すぐキレる、他の子とうまくコミュニケーションが取れない……。そして、体が弱いんです。調査の結果、その原因は環境ホルモンではなく、外で遊ばなくなったことによる脳と体の未発達だと分かりました」。

赤ちゃんのころからテレビを見ることが当たり前になり、成長すればゲームやパソコンがある。外で遊ばない子どもたちは、脳の成長が遅く、五感や情緒も発達しにくいことが科学的に分析されたのです。

「森で遊ばない子は、視野が狭くなるんです。遠くで鳥が飛んでいるのが見つけられないし、ネズミが足元をサッと走っても気付かない。意識しないんですね。昔、僕が日本へ初めて来たころ、子どもは週末になると川や雑木林で遊んでいるのが当たり前でした。でも、今、黒姫にはアファンの森の周辺にだってこんなに自然があるけれど、動物の足跡は見つかっても子どもの足跡は見つかりません」

まずは国産材の良さを多くの人が見直すことですね。

ほんの数十年の間に、多くの日本人が里山の生活から離れてしまいました。安い輸入材木が手に入るようになったため造林ブームも去り、貴重な原生林を伐採してまで作った植林地も放置され、今、日本の森林はどこかいびつな姿をしているように思えます。多くの動植物が棲み、恵みをもたらしてくれた本来の山や森の姿を取り戻すために、私たちにできることはなんなのでしょうか。

「一つは、国産材の良さを多くの人が見直すことではないでしょうか。私たちが建てたアファンセンターは、全て国産材を使い、家具はアファンの森から出た間伐材から作りました。木造の家は丈夫でシックハウスなどの心配もない。それに、木材が多く使われることで適正な間伐ができて、森の健康を助けます」

一方で、木造建築に対する知識を持つ建築業者が減ったように思うともニコルさんは危惧しています。「日本は地震が多いから木造は駄目とか、ササクレができて危ないという業者がいるんですよ。世界一古い木造建築は奈良にあるでしょう? 〝ササクレ〞だって。それって、パンダの台詞ですよね?」

ユーモアたっぷりの言葉を、私たちは笑って終わらせてはいけません。

故郷の自然を最大限に生かした学校をつくる。

現在アファンの森財団が手掛けているプロジェクトに、宮城県東松島市での「森の学校づくり」があります。被災地の子どもたちをアファンの森へ招待した縁から、「故郷の自然を最大限に生かした学校をつくろう」と、東松島市や教育委員会と共にスタートしたもの。

2017年に開校予定の学校は、森の中に校舎があるのはもちろん、ツリーハウスやサウンドシェルター(森の〝声〞を聞く小屋)、奥松島の海を望む展望デッキなど自然の中で伸び伸びと子どもの感性を育む仕掛けがいっぱいです。

「自然が持つ癒しの力にいつでも触れられる、日本で初めての森の学校です。被災地の子どもたちは、一緒に海に行ったとき、恐怖を乗り越えて海へ入り、1時間もするとカヤックで遠くへ漕ぎだすほど勇敢でした。彼らが未来への夢を描ける場所になることを願っています」。

 

アファンの森財団

■アファンセンター(森林整備)

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