箒を作るときの、束ねる、まとめるという作業には、美しさが伴う。
手間やセンス、気遣いが現れる。それが箒のひとつの魅力だ。
金井神(かないがみ)の座敷箒(ざしきほうき)には200年の伝統が息づいている。

箒は邪を払う道具でもあった

私の家に一本だけ座敷箒が残してある。ほとんどの用事は掃除機ですむのだが、仏様のある座敷だけは、あのやかましい音で撫で回すのでは申し訳ない気がする。子供の頃は柄の長い座敷箒(長柄箒=ながえほうき)があって、母はそれで家中を掃いていた。

静かに滑る箒の先は、掃き清めるという感じがともない、なにか威厳みたいなものがあった。妹はままごとですました顔でその様子を真似していたものだ。

柄につながる根元の部分はさまざまな色糸で紋様かがりがあって、美しいものだった。外用には箒草(ほうきぐさ=実をトンブリという)を縛ったものや、竹箒があったし、三和土(たたき=土間の床)やコンクリート用にはシュロの箒があった。神棚には専用の小さな物があり、同じ箒でも、場所や状況に応じてそれぞれ使い分けていた。

箒はゴミやチリを掃き清める神聖なものとして扱われていたから、粗末にしたり、投げっぱなしにしておくと叱られた。邪を払う道具でもあったのだ。正月にはさまざまな道具に餅を供えたが、うちでは箒の前にも置いた。

様々な国に箒が

箒というのは美しいものだ。さまざまな国で箒に出合ったが、どれも姿が良かった。マダガスカルでは麦の穂を丸く束ね、サイザール麻の紐で縛り、真ん中に皮を剥いだ木の枝をどんとさし込んであった。魔女が乗って空を飛ぶあの形そっくりだったので、買って持ち帰った。

英国でも竹箒を作っている。落ち葉をかき集めるために庭の掃き掃除に使うものだ。竹がないので、白樺の仲間の枝が穂先、柄はヘーゼルの細い幹。探して会いに行った職人は、今は自分一人しかいなくなったので、女王陛下も私の箒を使ってくれていると、その旨を刻んだ盾を見せてくれた。女王が掃除をするわけではないだろうが、王室御用達ということでした。英国の箒職人が消えたのは、中国産や東南アジアからの竹箒に負けたのだという。ガーデニングの彼の国に於いてさえそうだ。

束ねる、まとめるという作業には、美しさがともなう。手間やセンス、気遣いが現れる。それが箒のひとつの魅力なだ。

200年前からの伝統の技

日本では栃木県の鹿沼や都賀町(つがまち=現栃木市)が、かつての座敷箒の産地だった。地方では何本もの箒を持った販売人が売りに来た。どれもホウキモロコシというイネ科の植物の穂先を使ったものだった。私が使っているのは山形県長井市金井神という集落で作ったもので、ここの農家の人達が200年前から作り続けてきたという伝統的なものだ。

こうした技法の発生には物語がある。たいていは旅人(ときには弘法大師だったりするが)が、一晩泊めてもらったお礼に技を伝承していくというものだ。金井神にも吹雪の日に泊めてもらった商人が技法と箒草(この村ではホウキモロコシをこう呼んでいる)を伝えてくれたという。以来初夏に種を蒔き、2カ月ほどで刈り入れた箒草から実を扱(しご)き、乾燥させた穂先と茎に付いた皮を使って冬の間箒を作ってきた。

金井神箒組合の組合長をしていた土屋与五郎さん(故人、1928年生まれ)は、「この皮を使うのはこの村の箒の特徴なんだ」「どこが難しいかって聞かれたら、みんな難しい、みな簡単だ」と笑っていた。

生活の中に美の復活を

1本の座敷箒を作るのに100本ほどの箒草が必要だ。2mほどになる箒草は、脇穂を作らず、1本に穂がひとつ。その穂を鎚で叩き柔らかにして、揃え、数本ずつ皮でくるんで縛り、これを束ねて箒の形を仕上げていく。根元の部分は穂を巻き上げた糸の紋様が付き、丈夫さと美を兼ねた金井神独特の箒となっていく。

鳥の翼の形になったら、更に補強と整形のために、上部を,間隔を開けて4段、紺、赤、青、黒糸で編み込み崩れぬようにする。この糸の色遣いや撚った糸の太さの差が風情を生む。柄は根元に先を削って叩き込まれる。この柄は、昔は焼いた杉だったそうだが、今は竹だ。「ここは竹が育たないから買うんだけど、杉の柄は冬でも冷たくなかったんだよ。でも竹は簡単で安いから、そうなっちゃんたんだ」。伝統の技も時代の中で変化が生じる。

柄が抜けぬように化粧釘を打ち込み、「鷹の羽」「山道」という伝統の化粧かがりをして完成である。「丈夫に作ってあるから金井神の箒は10年は持つよ」。与五郎さんの自慢だ。

かつてこうして作られた箒は年末の市で売られていた。「ツメ箒」と呼んだらしい。新年を迎えるのに買い求め、掃き清め、新しい年を迎えたものだ。雑音に取り巻かれた現代、静けさが欲しくなる。座敷箒には、掃除機では得られない安堵とすがすがしさがある。生活の中に美の復活を・・・。

文: 塩野米松 Yonematsu Shiono

1947年生まれ。秋田県出身。東京理科大学理学部応用化学科卒業。作家。アウトドア、職人技のフィールドワークを行う。一方で文芸作家としても4度の芥川賞候補となる。絵本の創作も行い、『なつのいけ』で日本絵本大賞を受賞。2009年公開の映画『クヌート』の構成を担当。聞き書きの名手であり、失われ行く伝統文化・技術の記録に精力的に取り組んでいる。主な著書『木のいのち木のこころ』(新潮社)、『失われた手仕事の思想』(中央公論社)、『手業に学べ』(筑摩書房)、『大黒柱に刻まれた家族の百年』(草思社)、『最後の職人伝』(平凡社)、『木の教え』(草思社)など多数。