布を織る仕事はどの地方にもあった。かつては自分たちで糸を作り、機に掛けて反物を織っていた。今は工場で生産されるものを除けば、ごく限られた地域で、特産品として織っているにすぎない。すべての工程を手仕事でやっているところとなると限られてくる。その中のひとつが沖縄県の芭蕉布(ばしょうふ)だ。八重山では今でも神に仕えるときや儀式、行事には芭蕉布の衣装をまとう。おしゃれな夏着としても、土産用の暖簾(のれん)やパーテーションにも使われている。細く繊細な織りが涼を呼ぶ。

バナナの茎から

植物繊維を素材にする布の糸作りはほとんど同じ工程をたどる。

木綿は種のまわりの綿を素材にするが、それ以外の多くは皮の下にあるジンピから繊維を取り出す。

越後上布はカラムシ(イラクサ)から、麻は大麻から、藤布はフジの木から、シナ布はシナノキの樹皮から、くず布はクズの蔓から、そして芭蕉布は糸芭蕉から糸をとる。

素材の植物は野生のものもあるが、そのままでは良質の材料が得られないので、人間が手を掛け、育てたものを使う。屋根材のカヤやヨシも同じである。春先に火を入れ、焼いた後に出てきたものを使う。灰が肥料となり、揃った長さの良質のものができるからだ。 手仕事の基本はいい質の素材を選択することから始まるのだ。

芭蕉布の素材はバナナの茎から作る。私たちが食べているバナナは実を食べるための種類で、実芭蕉という。糸を取るバナナは糸芭蕉という。もちろん花を付け、実がなるが、おいしくはない。その上、花や実を付けさせると繊維が荒くなるから、そこまではしない。糸を取ること専用のバナナである。

バナナは木のように見えるがじつは草の仲間、草本である。多年生なので放っておけば、枯れて、また生えてくる。糸を取るために茎を切り取っても、又翌年には根元から伸びてくる。専用に畑を作って栽培する人もいるが、多くは家の周りや田んぼの畦などに植えてある。間をおいて植えておくと根から隣に子供が生え垣根のようになっていく。

茎と呼んでいるが正確には偽茎。上に大きく広がる葉の根元が里芋のように重なり合って、幹のように立っているのだ。

春に芽生えて伸びてきたものを何度か葉を切り詰めて、手入れをし、茎に十分栄養がまわるようにして、寒くなった冬に刈り取る。切り取る長さは腕を広げたぐらい。その後の糸取りに作業がしやすい長さだ。

ハタヨミの糸

茎はタマネギの皮のように何枚にも剥ける。外側、中程、芯に近い部分で、繊維の質が異なる。芯に近いほど、細く、艶があり上質である。最高級の芭蕉布は芯に近い糸だけを集めて織られる。ただ、色や太さ、荒さの違った糸を織り込んだ布も風情があっていいものである。

剥いだ茎から、左手の小指の爪を使って糸に裂いていく。裂く糸の太さは縦糸にするのか横糸にするのかでき上がりの様子を勘案しながら作業をしていく。

手入れが行き届いて裂けやすい糸は、上質なので縦糸にする。細い糸ほど繊細な軽やかな布ができる。どこまでも細く裂くことができる。

芭蕉布織りの石垣昭子さん(1938年生まれ)が琉球の古い歌に「ハタヨミの糸でトンボの羽のような布を織ってあなたにあげたい」という意味のものがあると話してくれた。ハタヨミは二十ヨミ、1センチの間に20本並ぶ細い糸を作ってみせましょうということだという。とても高度の技術で、通常は14ヨミぐらいがせいぜいだという。

こうして作った糸を木灰で煮る。灰を作る木はガジュマルかユウナ。木質が硬く白い灰ができるものでなければならない。

こうしてできあがった糸を紡いでいく。なにしろ1反の芭蕉布を織るのに、芯の部分を使うとして、100本の糸芭蕉が要る。150センチほどの糸を延々と繋げて長い一本の糸に仕上げていく。西表では「ウーミ」と呼んでいるが、「苧績(おう)み」という作業である。八重山では繋ぎ目をスムーズにするために糸同士は結ばずに、指先の指紋の凹凸を使って撚り合わせていく。沖縄本島では機結びにする。そのために小さな玉ができるから織物を見ると、どこの産地か分かる。この作業は小さな時から仕込まれ、指先に記憶されているので、目が不自由になったおばあちゃんでも、みんなでおしゃべりをしながらでもこなしていく。

水の入った杼(ひ)

糸ができあがったら、目的の色に染める。

八重山地方にはどこにでもあるシイやカシの樹皮を煮詰めて、そこに糸を浸し、田んぼの泥に入れると真っ黒な糸が出来る。泥の代わりに木灰を使うとグレーになる。茶色は、ヒルギの樹皮や石垣島と西表に自生するコウロ。黄色はフクギというように自然にあるものを使っていく。

こうしてできあがった糸を織機にかける。他の織りとそう変わったことはないのだが、芭蕉の糸は乾燥に弱い。そのため機場ではクーラーは使えない。どこまでも芭蕉が育った沖縄・八重山の気候が向いているのだ。

糸に霧吹きで水分を含ませながら織るし、横糸を織っていく杼という道具があるが、その中の糸も乾かぬように水を入れて使う。そのために、普通の降り場で聞こえる縦糸の上を杼が走るからからという音がない。

布が織りあがると「海晒(うみざら)し」という仕事がある。一昼夜、マングローブの生える汽水域で寝かせ、よく揉み、糊や染めの浮き、アクを塩水とかんかん照りの日で洗い清めていく作業だ。この後、真水で洗うことで芭蕉布は完成する。人の手をかけ、自然の恵みと海、太陽の力を借りた織物ができあがるのである。

海晒しに当たる作業を、クズ布は川で、越後上布は雪の上で晒す。なんとも見事な日本人の手仕事の知恵の集積である。

文: 塩野米松 Yonematsu Shiono

1947年生まれ。秋田県出身。東京理科大学理学部応用化学科卒業。作家。アウトドア、職人技のフィールドワークを行う。一方で文芸作家としても4度の芥川賞候補となる。絵本の創作も行い、『なつのいけ』で日本絵本大賞を受賞。2009年公開の映画『クヌート』の構成を担当。聞き書きの名手であり、失われ行く伝統文化・技術の記録に精力的に取り組んでいる。主な著書『木のいのち木のこころ』(新潮社)、『失われた手仕事の思想』(中央公論社)、『手業に学べ』(筑摩書房)、『大黒柱に刻まれた家族の百年』(草思社)、『最後の職人伝』(平凡社)、『木の教え』(草思社)など多数。