日本の各地には、素晴らしい風景があります。そして、そこには様々な物語が刻まれています。ここでは、写真家・青柳健二が日本各地で切り取った後世に残しておきたい素晴らしい風景をシリーズでお伝えします。

水仙畑や集落、そして日本海が望める絶景

全国を撮影旅行中、日本海に面した福井県越前町の梨子ヶ平(なしがだいら)地区に寄った。梨子ヶ平は町の北西部に位置し、越前岬にも近いが、集落は海岸から急坂を上った海抜100mほどの高台にあった。

戦国時代から江戸時代に拓かれたという歴史ある棚田で仕事をしていたおばあさんと立ち話をしたとき、棚田では米ではなくて、今は水仙を作っているとのことだった。たぶん訪ねたのは6月くらいだったと思う。おばあさんは「せっかくなら冬にきたらいい。水仙の花がみごとですよ」と教えてくれた。だからいつか再訪しようと思っていたが、それは数年後に実現できた。

再び梨子ヶ平を訪ねると、おばあさんが教えてくれた通り、棚田は水仙だらけだった。しかし、写真的にはここよりも、もっといいポイントがたくさんあった。しかも天気が良いので、水仙の花が輝いて見えた。青い海をバックに、海岸まで続く斜面に咲く水仙の美しさ。おばあさんの言うとおり、期待は裏切られなかった。

水仙ミュージアム付近からは、水仙畑や集落、そして日本海が望める絶景が広がっていた。海側だけではなく山側の斜面も階段状になっていて、すべて水仙が植えられている。望遠レンズで写真を撮っていると、農作業をしていたおばさんが畑の裏側から尾根にひょっこりと現れた。

水仙の里、福井県越前海岸

「水仙の里」の愛称で知られている福井県越前海岸。毎年12月中旬から2月にかけて、青い海を背景に海岸の斜面に咲く水仙はみごとである。越前水仙は、越前海岸に咲くニホンズイセンの総称だ。房総半島、淡路島と共にニホンズイセンの三大群生地として知られるが、越前海岸全体で栽培面積は約60~70haあり、日本一を誇る。

ヒガンバナ科の水仙の原産地は主にスペインなどの地中海沿岸地域や北アフリカで、原種は30種類ほど知られている。

その中でニホンズイセンは中国を経由して渡来したと言われ、本州以南の暖かい海岸近くで野生化した。有名なところとしては、越前海岸を初めとして、千葉県鋸南町の水仙郷・江月水仙ロード、静岡県下田市の爪木崎、兵庫県南あわじ市の黒岩水仙郷などで群生が見られる。

ただ、可憐な花の水仙だが、気を付けなければならないことがある。葉が野菜のニラと似ているので、間違えて食べて中毒症状を起こしたなどというニュースを時折聞くことがある。水仙は有毒植物でもあるのだ。

階段状になった水仙畑、昔は棚田だった

水仙畑の脇で、枯れ草を集めていたおばあさんがいたので話しかける。「いい匂いですね」「そうですか。外から来た人たちは、みなさん、水仙のいい匂いがするといいますが、私たちは、毎日いるので、匂いがしないんですよ」

そんなものかなと思う。慣れると感じなくなるのは、なんでも同じだろうか。ただ水仙の匂いは、強烈なものではなくて、どこからともなく漂ってくるような、無理強いしない優しい匂いなのだ。だから感じなくなるほど自然な匂いと言えるかもしれない。

「たくさんのカメラマンがやってきます。その中のひとりが、去年ここで撮った写真がコンクールで金賞取ったといっていましたよ」「そしたら、ここが一番きれいな畑なんですね?」と私がお世辞をいうと「どうですかね」といって笑った。

水仙は、つぼみの状態で収穫して出荷する。咲いてしまった花は長持ちしないので、観光客には人気がないそうだ。

「階段状になった水仙畑は、全部、昔は棚田だったんですよ」という。米はお金にならないので、ずいぶん昔に水仙に換えたそうだ。

越前水仙は栽培規模では日本一

越前海岸では、昔から自生していた水仙を、農家が農閑期に栽培するようになり「正月花」などとして出荷した。

梨子ヶ平地区では、大正10年、水仙を名古屋の生花市場に出荷したことがきっかけとなり、周辺の農家も水仙の栽培を始めるようになり、棚田は、水仙畑へと変わった。現在、生花として人気が高い水仙は、関西を中心に、中京、関東などへも出荷されている。

畑の一角に立て看板があった。

「越前水仙は、越前海岸に咲く日本水仙の総称で越廼村居倉を発祥の地とし、房総半島、淡路島と共に日本三大群生地として知られ、特に栽培規模では日本一となっております。この付近一帯の水仙は、農家が栽培しておりますので、「つみ取ったり」「掘り取ったり」するような行為は堅くお断りいたします」

残念ながら水仙を取ってしまう観光客がいるようだ。

ふたたび、梨子ヶ平の方へ戻ったとき、福井市内から毎年来ているという観光客と出会った。彼女たちの話によると、水仙の見ごろは終わりかけだという。この年は暖かかったので、咲く時期が早まったようだ。例年だと雪があってこんなに畑は良く見えない、天気もいいので、今日は水仙を見るのにはいい条件ではないですか、と絶景に太鼓判を押してくれた。

私は水仙の匂いと太陽の暖かさで、全身で早春を感じていた。