「棚田百選」に認定されている山形県朝日町の椹平(くぬぎだいら)の棚田は、昭和18年から21年にかけて桑畑だったところを食糧増産のために開田した、日本では比較的新しい棚田である。それ以来整然とした田んぼの形は変わっていない。
写真・文 : 青柳健二 Kenji Aoyagi
日本の原風景・棚田は志を持った人の手で守られる
椹平の棚田の主な特徴として、次の3点をあげたいと思う。
ひとつ目は、雪の積もる棚田であること。二つ目は、杭掛けの風景が残っていること。そして三つ目は、わざと曲がりくねった農道を作った点である。
ある年の1月、雪の積もった椹平の棚田を見るために、小高い場所に作られた「一本松公園」に上ってみた。もともと稲作は熱帯・亜熱帯で始まった。しかし人間は数千年の年月をかけ、このような豪雪地帯でも稲作を可能にした。純白の棚田は息をのむほど美しかった。と同時にコメ作りに対する人間の執念を感じたのだった。雪に覆われた棚田もまた日本独特と言えるだろう。開放感あふれる空間に棚田が扇状に広がり、朝日連峰や最上川も遠望できた。
二つ目は、東北地方の棚田の特徴のひとつとして、収穫で刈り取った稲を杭掛けにすることが、秋の風物詩になっていることである。杭掛けとは、一本の「稲杭」と呼ばれる棒に、円形に稲束を掛けて自然乾燥させるものだ。コメは太陽の自然光で乾燥されることで、よりおいしくなるといわれている。
団子状になった「稲杭」が並んだ様は、まるで人間が整列しているようにも見えて不思議な風景になる。「稲杭」は、9月末の稲刈りが終わってから10月中旬まで見られる。
そして、三つ目が一番ユニークな点で、わざと曲げて作った農道がある棚田だということである。
「一本松公園」は棚田の南側に位置しているが、東側にも「第二展望台」が作られている。そこからは、棚田の真ん中に東西に続いている農道が良く見え、自然な曲線を描いていて、風景になじんでいる。これがわざと曲げて作られた農道だというのである。
初めて椹平を訪ねた来訪者が、この農道を見た時、昔ながらの農道だと思うらしい。ところが、地元の人に、これが新しく作られた農道だと教えられると、みな驚くという。
作業効率をあげるため、機械化を進めるため等の理由で、常識では、農道というものは、直線的に作られることが多いからだ。
しかし、そんな曲がった農道も、最初から地元民みんなの賛成を得ていたわけではなかった。はじめは常識的に、アスファルト舗装された、直線の、管理しやすい農道にしようという話だったのだという。しかし話し合いの結果、そうしなかった。そこが先見の明があったということだろう。椹平の未来を真剣に考え、「景観」と「保全」というある意味相反する課題を、どうやって折り合いをつけるか、みんなが納得できるまで何度も繰りかえして話し合い、今の形に決めたという。外からの押し付けではなくて、地元の人たちが自分たちで決めたことは、すばらしいと思う。「自然」に見える農道の曲線には、地元の人たちの努力が隠されていたのである。
「景観」を生かした地元の決断は、農産物に付加価値をつけ、コメの価格が上がるという結果にも結びついたし、保全隊員という、新たな形での労働力も確保できた。杭掛けの風景も残すことができるようになった。地域住民が集まるイベントも増加した。こうして、ふるさとの心の風景を維持することができるようになった。
景観が付加価値を付けることは、椹平だけではなくて、将来の方向性を考えた場合、日本の他の棚田でも参考にできる点かもしれない。椹平の曲がった農道は、棚田保全の新しいありかたを示す好例になったのではないだろうか。
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