毎年11月から3月にかけて水揚げされる越前がには「冬の味覚の王様」とも呼ばれ、真っ赤に茹で上げる釜揚げはもちろん、刺身でも、焼きでも、鍋でも……、極上の味を心ゆくまで楽しめる。日本のあちこちにあるご当地ガニのなかでも、とりわけ人気の高い越前がにの魅力を探して、福井県越前町の越前漁港を訪ねた。

はさみや爪には甘味の濃厚な身がぎっしりと詰まっている。甲羅の中にたっぷりと入ったミソも越前がにの大きな魅力。

漁場が近いので活きのいい越前がにが水揚げされる。

「越前がに」の名で呼ばれるのは、福井県内の4つの港、越前漁港・三国港・敦賀港・小浜漁港で水揚げされるオスのズワイガニである。ちなみに卵を抱いたズワイガニのメスは「せいこがに」、オスのズワイガニでも脱皮直後でサイズの小さいものは「水がに(ズボガニ)」と呼ばれ、越前がにとは異なる期間に漁が行われる。

ズワイガニが生息するのは水深250~400mほどの海底である。なかでも暖流と寒流がぶつかる越前町の沖合いは餌になる小魚や甘エビ、プランクトンなどが豊富で、しかも、海底がカニ類の好む段々畑のような地形になっている。越前漁港が県内随一の水揚げ量を誇るようになったのは、そんな絶好の漁場が間近にあるためだ。

越前港の漁船は小型底引き網船が主体で、越前がにが獲れると船内の水槽で生かしたまま港へと帰って来る。そして、港に着くと越前がには漁協の施設に運び込まれ、すぐにせりが始まる。漁が解禁される毎年11月26日から翌年の3月20日まで、この新鮮なカニを求めて越前町には全国から人々が集まるのである。

漁場から越前漁港までは1~2時間の距離。カニは生きたまま水揚げされる。
水揚げされた越前がには「列買い」という独特な方法で競り落とされていく。
鮮魚店の店頭に並ぶ越前がに。はさみをゴムバンドで固定するのも活きの良さゆえ。

皇室にも献上されてきたズワイガニの最上級ブランド。

ごつごつした立派な甲羅、そして、長い爪と大きなはさみを持つ越前がには、まさにカニの王様とでも言うべき威風堂々たる姿をしている。しかも水深が深く、水温の低い日本海海底で育つため、殻の中には引き締まった身がぎっしりと詰まっている。さらにこれを引き立てるのが甲羅の中にあるたっぷりのミソで、濃厚な甘味と旨味を凝縮したの身に絡めていただくと、筆舌に尽くせないような絶妙な味わいになる。

越前がには全国唯一の皇室献上カニでもあり、最初の献上は明治43年(1910年)、大正11年(1922年)以降は毎年欠かさず献上している。こうした越前がにのブランド力をさらに高めていくため、1997年からは福井県内で水揚げされたズワイガニにはすべて黄色いタグが取り付けらるようになった。本物の越前がにの証であるこのタグは、一度装着すると二度と使えない構造になっていて、漁業協同組合と漁業者の間で厳重に管理されているのだ。また、越前がには2017年から国の『地理的表示(GI)保護制度』にも登録され、ズワイガニのトップブランドとしての地位を揺るぎないものにしている。

正真正銘の越前がにであることを示すGI(地理的表示)付きの黄色いタグ。
1匹丸ごと釜揚げした越前がには、部位ごとに手でバラしていただく。
水分が適度に飛び、香ばしさを味わえる焼きがにも人気。

地元で親しまれてきた家庭の味「水がに」も楽しめる。

2015年、越前がにの最上級ブランドとして新たに登場したのが「越前がに極(きわみ)」である。これは越前漁港で水揚げされた越前がにの中でも、重さ1.3㎏以上、甲羅幅14.5cm以上、爪の幅3cm以上の特に大きなもので、産地を示す黄色いタグに「極」のメダルが加わる。この「極」は県内最多の水揚げを誇る越前漁港でも貴重なもので、全水揚げ量の約0.05%、1シーズンを通じても500匹程度しか獲れないと言われている。そのため浜値は1匹10万円以上が当たり前で、2017年には46万円という最高値で落札されたこともある。まさに大きさも、値段も極めつきの越前がになのだ。

一方、漁期の終わりに近い時期(2022年は2月19日~3月20日)には「水がに」の漁も解禁となる。これは脱皮してから半年経過していない甲羅の柔らかいズワイガニのオスで、殻から身がズボッと抜けることから地元では「ズボガニ」とも呼ばれる。こちらは、越前がにに比べると値段が安く、味もみずみずしいことから、越前町では昔から家庭の味として親しまれてきた。ただ、足が早いことから一般には流通しておらず、地元でしか味わえないのだ。また、漁の解禁から年末までは、「赤いダイヤ」とも呼ばれる色鮮やかな内子(卵巣)を抱いたセイコガニも味わえる。

現在、越前町にはカニを提供する旅館や民宿、食事処や鮮魚店が70軒あまりも軒を並べている。リーズナブルな水がにから最上級の「越前がに極」まで、予算や時期に応じてさまざまな味を楽しめるので、ぜひ一度、本場を訪ねていただきたい。

水がには価格が手頃なため、店によってはランチタイムの定食なども用意。
殻が柔らかく、身がズボッと抜けることから「ズボガニ」とも呼ばれる。

INFORMATION

越前海岸

(えちぜんかいがん)

北の東尋坊から南の敦賀市にかけて、約90㎞にわたりワイルドな奇岩断崖の海岸線が続く。日本海に大きく張り出した越前岬の展望台は夕陽の名所で、周辺では12月から1月にかけては水仙の花が咲き乱れる。海岸線を行く国道305号沿いには、自然のトンネル『呼鳥門(こちょうもん)』を始めとする景勝地も多く、格好のドライブコースになっている。

*越前町血ヶ平(越前岬展望台)/℡0778-37-1234(越前町観光連盟)

越前の宿 うおたけ

(えちぜんのやどうおたけ)

越前がにの仲買人が営むモダンな宿で、漁が解禁となる時期には最上級のカニ料理を味わえるほか(8月中頃から予約受付)、それ以外のシーズンもさまざまな日本海の海の幸を提供してくれる。本館は現在休館中で、プライベート感あふれる別館(1日3組限定)のみで営業。日本海を一望にできる浴室は、越前くりや温泉の源泉を掛け流しにしている。

*1泊2食付き(越前がにプラン)65,000円~/越前町厨17-83/℡0778-37-1099

越前がにミュージアム

(えちぜんがにみゅーじあむ)

越前がにや近海の魚に関して、遊びながら学ぶことのできる体験型ミュージアム。トンネル水槽の中を歩ける海遊歩道や幅10m×高さ3mの迫力映像が楽しめるビックラブシアター、深海300mを再現した3層吹き抜け巨大ジオラマなどが館内にはある。

*入館料500円/9:00~17:00/火曜休館(夏休み期間中は無休)/11~3月は第2・4火曜休館/越前町厨71-324-1/℡0778-37-2626

越前陶芸村

(えちぜんとうげいむら)

日本六古窯のひとつ、越前焼の産地に昭和46年(1971年)に地域開発の拠点として作られた施設。越前焼を見たり、作ったりできる福井県陶芸館のほか、越前焼の販売所や食事処、越前古窯博物館や後継者の育成施設などが点在している。

*福井県陶芸館/入館料300円(常設展)/9:00~17:00(入館は16:30まで)/月曜休館/越前町小曽原120-61/℡0778-32-2174

北陸新幹線が福井・敦賀まで延伸!

2015年3月に金沢まで延伸した北陸新幹線は、現在、金沢~敦賀間の約125㎞の区間が延伸された。石川県内には小松と加賀温泉の2駅、福井県内は「芦原温泉」「福井」「越前たけふ」「敦賀」の4駅に新幹線が停車する。これまで東京から鉄道で県庁所在地の福井をめざす時には、東海道新幹線(米原経由)でも、北陸新幹線(金沢経由)でも3時間半ほどかかっていた所要時間が、乗り換え無しの2時間台になり、観光でもビジネスでも利便性が大きく向上した。