テクノロジーの粋を集めて造られた水力発電ダム」は、
そこにある自然と見事に融合して雄大な造形美を現出しています。
ここでは、その水力発電ダムの魅力をシリーズでお伝えします。

加賀の水がめ 手取川ダム

北陸自動車道を小松ICで降りて、国道360号線から157号線に入り加賀平野を白山に向かう。途中、「白山比め神社」を過ぎたあたりから、道路は整備されているが、次第に木々の緑が深くなってくる。白山比め神社は、全国に2000以上ある白山総本社で里宮、奥宮は白峰にあります 。

手取川第二ダム手前で国道は2方向に分かれる。左折すると360号線で「一里野スキー場」を経て「白山白川郷ホワイトロード」につながる。岐阜との県境に位置する霊峰・白山を望みながら合掌集落・白川郷に通じる。紅葉のシーズンは絶景だ。右へ157号線を直進すると、白山登山道入り口を過ぎ、峠を越えると福井県の勝山市、曹洞宗大本山・永平寺へと通じる。歴史が詰まった街道ですね。

手取りの渓谷は豪雪地帯で157号線は隧道区間が多いから、うっかりすると「手取川ダム」を見落としてしまうことがあるから要注意です。国道を外れて下りて行くと、周囲の山々を湖面に映し、澄み切った青い水を湛えたダム湖の全貌が視界に入ってきます。

赤褐色の巨岩で緩斜面のダム湖

圧巻はダム本体です。ダム堤頂は歩行可能で、高さ153メートル。水力発電を行なう日本でも最大級のロックフィルダム。ダム湖周辺で採掘された巨大な岩石や土を、緩い勾配で盛り立てて作ったロックフィルダムは壮観です。赤褐色の巨岩が積み上げられたダム堤は山肌の緑と湖面の青のグラデーションとバランスし石川県の水がめとして落ち着いた佇まいを魅せています。

「治水」「都市用水」「発電」を目的に手取川総合開発事業の一貫として工事に着手したのは昭和49年、6年の歳月と約770億円の建設費を投じて、昭和55年(1980年)に完成しました。ダム建設を担当したのは第一発電所と合わせJパワーです。ダムの大きさを示す総貯水容量は2億3500万㎥で、黒四ダムとほぼ同じ規模です。

暴れ川の洪水を防ぐ

平成23年9月に襲った台風15号では、昭和9年7月の大洪水とほぼ同規模だったにも関わらず上流からの洪水をすべて貯留し被害を防いだ実績があります。また、能登半島の一部を含めた石川県内の給水人口の約70%以上をまかなっていて、平成6年夏の渇水時にも供給制限の措置を行いませんでした。

安定した電力事情

手取川ダムの下流に第二ダム、第三ダムも建設されていて、手取川第一発電所(Jパワー)、手取川第2発電所(北陸電力)、手取川第3発電所(同)の3つの発電所があります。合計認可出力は36万7000kWの発電所が運転しています。

手取川総合開発事業以前は、石川県内には金沢市電気局(北陸電力の前身)が手取川水系に建設した吉野谷発電所、福岡発電所など小規模な発電所しかなく、電源を富山、福井の両県に依存する状態は続いていました。手取川3発電所に引き続いて七尾火力発電所、志賀原子力発電所が相次いで完成し、北陸3県は現在のバランスの取れた電力供給態勢を築くことができました。

手取川ダムの直下流2・2㎞は発電用のバイパス水路であったため、完成当初はほとんど水が流れていませんでした。その結果、藻類の発生による悪臭の発生や魚類の生息環境悪化の問題が発生しました。そこで、河川環境の改善を図るため平成14~15年にかけてダム下部の放水管から分岐した維持流量管を設ける工事を行い、16年4月から維持流量放水を行い、魚類などの水生生物の水環境が大きく改善されました。維持流量の確保は水環境を維持するうえで大切ですね。

戦後最大の水没補償

手取川ダム建設に関しては「水没補償」が特筆されます。ダムの水没地域は約510㏊で、当時の村の中心部・桑島地区を中心に水没戸数は330戸に上りました。戦後最大の水没補償交渉といわれましたが、住民の理解ある対応で、交渉は円滑に進みました。新しい生活を求め東海方面に移住した住民もいましたが、多くの住民は金沢市郊外に桑島地区を設けて、住民のつながりと一緒に集団移住したのですね。山村の集団移住として今でも語り継がれています。

周辺見どころガイド

ダムの上流は化石の宝庫、恐竜の郷

手取川は加賀の名峰白山(2702m)に源を発し、加賀平野を潤しながら日本海に注ぎ込む県最大の河川です。中流には浸食により両岸が廊下状に削られて形成された手取峡谷があり、8㎞にわたる絶壁の谷間に奇岩怪石を連ね、瀬や淵をかけて滝を落とし、その変化に富んだ渓谷美はとりわけ新緑や紅葉に映え流域を代表する観光スポットになっています。

これより上流の手取湖畔一帯は化石の出土で知られ、手取湖右岸には幅210m、高さ50mにわたり1億3000万年前の地層が露出する桑島化石壁があり、ここで1986年(昭和61)に肉食恐竜の歯が発見されて日本各地で恐竜化石への関心が一気に高まりました。付近の桑島の里はダム建設で水没した桑島集落に関する資料館で、この地で出土した恐竜や動植物化石のほか、生活用具の展示、季節ごとに移動しながら畑作を行うための出作り小屋が復元されてかつての暮らしを伝えています。

化石壁対岸の白山恐竜パーク白峰(しらみね)は恐竜時代をテーマにした展示や化石の発掘体験、手取層群の化石調査や情報発信、2011年(平成23)に白山市全域を範囲として白山手取川ジオパークとして認定されたことから、これに関する教育と普及、活動の拠点となっています。化石壁から対岸に渡らずライントンネルを通ってそのまま上流に向かうと、開発事業の完成を記念してオープンした手取川総合開発記念館があります。

記念館では資料展示のほかに手取川開発の歴史やそこで見られる生物、ビデオでは白山の自然について、また水資源の有効利用のための手取川ダムの働きなどを解説しています。なお、トンネルのラインとは、明治初期に化石壁から日本の中生代ジュラ期の植物化石を採取したドイツ人学者のことで、これによりここは日本の地質学発祥の地の一つに数えられるようになりました。

さらに上流の白峰地区には古民家や出作り小屋を移築した県立白山ろく民俗資料館があり、屋内に衣食住に関わる生活用具、農耕具、信仰祭礼用具などが展示されています。付近の林りん西寺さいじは717年(養老1)、越前出身の山岳修行僧泰たい澄ちょうの開山といわれる古刹で、明治初期の神仏分離により白山山頂から降ろされた下山仏を祀っています。集落内には白峰温泉、最上流部には白山温泉があって、シーズン中はスキー客や登山客に利用されています。

手取川ダムは山奥にありながら周辺に多彩な要素を備えています。何よりここは恐竜の郷、1億3000万年前の地層も顔をのぞかせています。ただ見学するだけではなく、化石の発掘体験などもあり、これまで遠かった太古の世界がぐんと近づくのでは。それに古民家では山村文化に触れることもできますので、きっと充実したダムツアーになるでしょう。(見どころガイド:藤沼祐司)

★水没地域を中心に、桑島地域の山村生活を知りたい人は

 「白山ろく民俗資料館」へ。民家園を備えた野外博物館。

 ダム上流のバックウォーター近く。

・住所:石川県白山市白峰リ30 ☎076-259-2665

・開館:9:00~16:30 毎週木曜日休館

・入場料:大人260円、高校生以下無料