縄文時代、人と共に渡来してきたと考えられる日本の犬は、急峻な山や川が多い日本という島国の中で、独自の進化を遂げてきた。また、近年まで、彼らは比較的人の手による改良を経ず、強者同士が交配するという自然の摂理にのっとった子孫の残し方をしてきたため、世界的に見ても原始的な性質を色濃く残している。
ここでは、そんな日本の犬のうち、天然記念物にも指定されている柴犬、甲斐犬、北海道犬、紀州犬、四国犬、秋田犬の6種の日本犬について、そのルーツを探って行きたい。

天然記念物北海道犬保存会北関東支部展覧会で未成犬1席を獲得した千歳系のピリカウパシ号(愛称ユキ)(撮影協力/彩北井上)

アイヌ人と共に北の大地を駆けた熊・鹿の狩猟犬

第三回は、日本犬の中では北限に生息する北海道犬にスポットを当てる。天然記念物に指定されたのは昭和12年12月で、令和2年現在、最後に指定を受けた日本犬となる。北海道というほかと隔絶された、それでいて自然豊かな大地にあって、彼らは先住民族・アイヌ人の良きパートナーとして、狩猟・番犬に活躍してきた。天然記念物の指定を機に「北海道犬」と名称が変わるが、それまでは一般的に「アイヌ犬」と呼ばれていたことにもその歴史が偲ばれる。

というのは、他の5犬種(絶滅した越の犬を含めると6犬種)は地名もしくは身体的特徴(柴犬の「柴」は「小さい」あるいは「柴(茶色)」からきたとされる)が付けられているが、民族の名前を冠しているのはアイヌ犬だけなのだ。

北海道の犬の中でも、ことにアイヌ人が重用していた犬ということになり、それは、北海道開拓でこの地を訪れた内地人から見ても「アイヌ人が持っている犬は他と違う」と感じられたからこそこの呼び名となったのだろう。

中型犬ではあるが、雪深い土地でもラッセルして獲物を追うことのできる発達した胸、零下20~30度になる夜も雪の中に潜って眠り、朝になれば雪から出てくるというタフさと寒さに耐えられるダブルコートの被毛、噛む力が強く、「鳥猟から熊猟まで万能だが、鳥猟では獲物が穴だらけになるから剥製を作りたいなら向かない」と言われるほどの牙など、環境に合わせて磨き抜かれた全身は単なる飼い犬とは一線を画している。

また、天然記念物北海道犬保存会発行の書籍「天然記念物 北海道犬」には、アイヌ人が飼っていた北海道犬の話で、川の中に頭を突っ込んで貝を取り、川原に並べておいて、貝の蓋が開くのを待ってから中身を食べるというエピソードまで登場し、その頭の良さにも驚かされる。昭和初期、畜犬商と呼ばれる人々が、本土からこぞって北海道犬を買い求めに来たために数が激減した時代があるが、そうした人が後を絶たなかったのにも納得できる。

巨大なヒグマの足跡を見つけた北海道犬。(写真提供/向井正剛氏)

コタンごとに優秀な犬が系統として残っていた

北海道犬のことを調べるにつけ、特色や歴史を語るにはアイヌ人の話が欠かせなくなるため、その暮らしについても少し触れたい。

かつて北海道各地で暮らしていたアイヌ達は、数家族、または数十家族からなる血族集団で集落(コタン)を形成し、決まったエリアの中で狩猟・採集をしていた。このコタンに他の集団は混ざることができず、交通も不便だった時代であることや、社交性に乏しいと言われるアイヌの性質もあり、各コタンはさながら小さな独立国家のようだったと考えられる。

生業としては狩猟や採集で、ことに狩猟の獲物は、ヒグマやエゾシカといった大物も含まれる。しかも、アイヌの人々は銃を持たない。弓が主な武器となれば、狡猾で力の強い野生動物を狩るために、どれだけ優秀な犬が必要になるかは想像に難くない。

北海道犬は、各コタンの中でそれぞれに優秀な犬が血統を残し、近親交配、もしくはそれに近い交配を繰り返して純血性を保ってきた。そのために、地方によって犬の特徴に差がある。昭和8年に北海道犬の保存にいち早く声を上げ、「アイヌ犬保存会」を設立した中心メンバーの一人であり、北海道犬研究の始祖である伝法貫一氏は、この違いを大別して千歳系統、阿寒系統、日高系統、岩見沢系統、厚真(アツマ)系統、渡島(オシマ)系統とした。

しかし戦時中、毛皮供出のために貴重なこれらの犬も激減。残念ながら現在は、純粋な系統を保っているのは千歳系統しかいないそうだ。しかし、厚真系統に多く見られた虎毛など、部分的に系統の特徴を残す犬もまだ見られる。

厚真系の血を引く虎綾女号(愛称キサラ)。虎毛と大きな耳が系統の特徴を残している。実際に熊と対峙させる「獣猟競技会」では果敢に熊に吠え、至近距離まで接近しており、気性の良さがうかがえる。(写真提供/小林康夫氏)

「阿久号」を始祖に持つ千歳系を訪ねて

そんな貴重な系統種、千歳系統を保存する彩北井上さんを訪れてみた。こちらには、7頭の北海道犬がおり、すべて千歳系統だそうだ。オーナーの井上清さんは、子供のころからずっと犬を飼っている無類の犬好きで、かつてはスピッツ、ボクサー、シェパードといった洋犬を飼っていた。一時、犬が途絶えた時に、たまたま北海道犬をやっているベテランの人の紹介で白い牝の北海道犬を飼うことになり、その犬が初めて出した本部展でいきなり特良1席をとってすっかりはまったという。

それから、青森県の犬舎から純粋な千歳系統を譲ってもらうことができ、以来、千歳系統だけを繁殖・保存してきた。

 

伺った日に同席頂いた、天然記念物北海道犬保存会の理事である小林康夫氏によると、千歳系統は登録されているのが、令和元年12月時点でわずか175頭。予想以上の少なさに驚かされた。北海道犬保存会に登録されている犬そのものはこの10年で約5100頭だが、そのほとんどは系統が混ざったものということになる。

「純粋な千歳系統を残すためには、交配も千歳系統としかしてはいけない。繁殖のハードルが高いこともあり、千歳系統だけをこれだけ持っているのは、関東でも井上さんくらいです」と、小林氏。希少な千歳系統について、井上氏より資料をお貸しいただいたので引用して紹介したい。

天才志村どうぶつ園「日本犬の里」に出演していたヘンダーは、実は彩北井上の出身(上)。赤毛の堂々としたフレキシテは、成犬牡で2席、獣猟競技会で1席を取った名犬。

伺った日に同席頂いた、天然記念物北海道犬保存会の理事である小林康夫氏によると、千歳系統は登録されているのが、令和元年12月時点でわずか175頭。予想以上の少なさに驚かされた。北海道犬保存会に登録されている犬そのものはこの10年で約5100頭だが、そのほとんどは系統が混ざったものということになる。

「純粋な千歳系統を残すためには、交配も千歳系統としかしてはいけない。繁殖のハードルが高いこともあり、千歳系統だけをこれだけ持っているのは、関東でも井上さんくらいです」と、小林氏。希少な千歳系統について、井上氏より資料をお貸しいただいたので引用して紹介したい。

――千歳市蘭越(ランコシ)を中心として群落を形成していた系統の阿加号、阿久号、竜号、次郎号、ピリカ号、秀号などによって代表される。ハチの開き良く頭部優れ耳よく緊まりある、筋腱は強く動作は軽快であるが、骨量の乏しいものがある。表層毛は剛直だが下層毛は必ずしも密とは言えない(後略)

ここに出てくる「阿久」は「阿加」の息子で、戦前・戦後を通じて犬界誌に広く紹介された名犬だ。特に熊猟で比類ない働きをしたようで、後年、老齢となった阿久号が静かに犬小屋から出てきただけで、大の大人、数人が思わず後ずさるほど気迫のある犬だったという。

その阿久の血を引く不二号や第二熊号といった犬達が近親交配や系統交配によって固められ、今に至っている。

会員の減少と高齢化により「絶滅危惧種」に?

ところで、北海道犬といえば某携帯会社のキャラクターとして脚光を浴びるようになったものの、その前までは犬好き以外にはほぼ知られておらず、今でも知名度が高いとは言い難い。昭和26年に発足した天然記念物北海道犬保存会も、一時は2万頭にまで増えた登録数が、現在はまた5000頭程にまで減ってしまった。

「日本犬を飼おうと思っても、まず目に行くのは柴犬でしょう。“柴犬以外を”と考えたとしても、本州には紀州犬、甲斐犬、四国犬などがいる。北海道というのはやはり距離的にも、選ばれにくいのかもしれません。“絶滅危惧種”という人もいるくらいですよ」と井上氏。

「北海道犬保存会では、会員の減少と高齢化が課題です。審査員も高齢化しているため、今後の展覧会についても考えなくてはいけない時期かもしれません」と、小林氏も頭を悩ませる。

天然記念物に登録されたといって、安心できない。登録後に消えてしまった越の犬の例もある。しかし、そんなに登録数が減少するというのは、距離だけでなく、やはり一般家庭では飼いにくいのだろうか?

ところが、その問いを投げると、ふたりから「いや、北海道犬はかわいい」と即答された。その「かわいい」が、例えば……と聞くと、家族には甘えん坊で、膝の上に乗ったりくっついたりしてくる。頭がよく、年を取ってからの躾も楽、それでいて番犬にも最高で、呼び鈴が鳴る前から吠えて来客を知らせたり、客人かそうでないかを見分けたりと分別もあると、魅力が次々と飛び出した。

毛色や風貌の多彩さ、家族にはとことん気を許し、外部の者が家族に害をなすものかどうかを吟味する慎重さと頭の良さは、遠いアイヌのコタンで遺伝子に刻まれた特徴だろうかと思わせられる。さて、こう聞くとこの記事を呼んでいる犬好きの方には見たくなる人も多いのではないだろうか。

天然記念物北海道犬保存会では、年に3回の本部会のほか、全国各地で支部展覧会も開催している。猟犬としての資質が大切にされるため、走らせて歩様を見ながらどんどん順位を入れ替えるという独特の審査や、本部展覧会や一部の地域で開催される支部展覧会では、檻に入った熊に対して威嚇する獣猟競技会があるなど、見どころも多い。

興味のある人は、一度展覧会を見学に行ってみてはどうだろう。(日程は天然記念物北海道犬保存会のホームページを参照)

左から壱与号、虎綾女号(いずれも小林氏所有)、ピリカウパシ号(井上氏所有)と、オーナーである小林康夫氏(左)、井上清氏。白色が有名な北海道犬だが、実は白のほか、赤、胡麻、黒褐色、虎、灰と多彩。

取材協力

一般社団法人天然記念物北海道犬保存会
http://hokkaidoinu.jp/
彩北井上(090-2327-3901)