戦いの道具でありながら、その美しさで見る者を魅了する日本刀。その制作工程を自分の手で体験できるのが、神奈川県にある梅林刀剣鍛錬所の小刀制作教室です。先生役を務めるのは現役の刀匠である小澤茂範さん。サイズは小さいながら、その製法は日本刀と基本的に同じもの。古くから受け継がれてきた刀鍛冶の仕事を実体験できます。

「鋼を鍛える」ことによって生まれる。

現在、私たちが目にする日本刀が生まれたのは、平安時代の後期のことと言われています。独特な反りを持つ片刃の日本刀は、一説によると、戦いに馬上戦が導入されたため誕生したもの。つまり「突く」ことよりも「斬る」ことを重視した形というわけです。ちなみに日本で鉄製の刀剣が作られるようになったのは古墳時代(3〜7世紀頃)以前のこと。いずれにしても非常に長い年月を経て原型が出来上がり、その後も時代ごとに少しずつ形を変えながら、より強く、より美しく、進化してきたのです。

また、一口に日本刀と言っても、その大きさや形状はさまざまです。太刀、脇差、短刀……、さらに広い意味では、薙刀や槍なども日本刀に分類されることがあります。こうしたすべて日本刀に共通しているのは、日本古来の鍛冶製法によって作られているという点です。「折れず、曲がらず、よく切れる」という日本刀の特長は、材料となる玉鋼を熱し、叩き、延ばし、折り返す……を繰り返すこと、つまりは「鋼を鍛える」ことによって生まれるのです。

小澤さんが「小刀の元」と呼ぶ鉄片。これに下の写真のような焼き入れまでの作業を加えたら教 室は終了
(上左)やすり掛け (上右)銘切り(下左)土置き(下右)焼き入れ
焼き入れ後、さらに研ぎ師、鞘師の元に送 られ、写真のように仕上げられます。

美しさは古来の鍛冶製法なくしては作り出せない。

今回、小刀づくりを体験するために訪ねたのは神奈川県の西部、富士山を間近に仰ぐ開成町にある梅林刀剣鍛錬所でした。刀匠(刀鍛冶)の小澤茂範さんは日々、ここで日本刀づくりを行っています。

「現在、生業として刀鍛冶をやっているのは全国でも100人足らずしょう。そのなかでも日本刀の制作だけで食べていける人は、ほんの一握りしかいないんですよ」

小澤さんはまずこんな話を聞かせてくれました。

かつて日本刀が最も数多く作られたのは戦国時代のことでした。その後、天下泰平の江戸時代を経て、明治維新となり、廃刀令によって武士は魂である日本刀を持つことを禁じられました。こうした社会の移り変わりの中で、刀づくりに携わる人の数は激減してしまったのです。

小澤さんら、現代の刀匠が作るのは、居合道の上級者が用いる真剣などを除けば、そのほとんどすべてが美術観賞用のものです。「切れ味よりも美しさ(小澤さん談)」が求められる時代なのです。

ただし、日本刀が持つ妖しいまでの美しさは、古来の鍛冶製法なくしては作り出せません。小澤さんの小刀制作教室で仕上げる小刀も、刃渡りはわずか20㎝ほど。一般の人がイメージする日本刀に比べれば、ごくごく小さなものですが、その作り方は基本的に変わらないのです。

小澤さんの手がけた見事な日本刀。その刀身の肌には匂(におい)と呼ばれる模様が浮かび上がり、背筋がぞくぞくするような妖しい美しさをたたえています。
(上左)砂鉄を原料にして作られる玉鋼。これを高温に熱し、叩いて延ばしていくところから刀章の仕事は始まります。(上右)皮鉄と芯鉄を組み合わせます。硬軟合わせることにより、折れにくく曲がりにくい刀を実現します。(下左)鋼を鍛錬することにより、原料の玉鋼に含まれていたさまざまな不純物は「ノロ」と呼ばれる塊となって排出されます。(下右)徐々に日本刀の姿に近づいていく過程。6㎏の玉鋼を鍛錬していくと、仕上がりの日本刀の重さは800g前後まで 減少するそうです。

鉄から刀へ…、刀匠の仕事の最終段階を体験

この教室で参加者が取り組むのは、やすり掛け、銘切り、土置き、そして、焼き入れという4つの工程です。素材に用いるのは、玉鋼から鍛えた細長い鉄片。これを小澤さんは「小刀の元」と呼び、ほぼ小刀の形ができあがっていますが、この段階では、まだ刃物としての機能は備わっていません。

鉄から刀へ……、刀匠の仕事の最終段階を体験することになります。

小澤さんの言う「小刀の元」がまだ刃物ではないことを実感するのは、やすりを当てた時の柔らかな感触です。まずは目の粗いやすりで大まかな形に仕上げた後、銑という両側に持ち手の付いた刃物で表面をさらに削り取っていくのですが、刀身の表面からは、まるで木材にカンナをかけているかのように金属片が薄く削り取られていきます。

このとき注意しなければならないのが削りすぎ。やすりや銑の角度に気を配りながら、慎重に作業を繰り返していきます。

やすり掛けの次は銘切り。刀身にタガネを使って文字を刻み込んでいきます。「意外と簡単でしょ」という小澤さんの言葉通り、タガネの当て方さえ間違えなければ、ほぼ思い通りの線を刻めるます。ただし、コツコツコツ……と10回ほど金槌で打っても進むのはせいぜい2〜3ミリ。非常に根気のいる作業でした。

(右上)銑を使ったやすり掛け作業。 まるでカンナで木を削るように表面を滑らかに仕上げていきます。(右下)焼き入れをすると刀身が微妙に反るため、その前に棟の部分を叩き、伏せ(反りと反対のカーブ)を付けておきます。(左)ふいごで大量の酸素を送り込まれた炭は1300℃も高温になります。その中で小刀が800℃程度になるまで熱します。

クライマックスの焼き入れは一瞬

ここまでの作業に要する時間はおよそ3時間。朝からスタートした体験教室はここで昼休みをはさみ、午後からはいよいよクライマックスの焼き入れとなります。

「赤く熱した日本刀を水に入れ、急激に冷やすのが焼き入れです。これによって刃物としての硬さが生まれるのですが、この作業の善し悪しによって日本刀の出来映えはまったく違ってきます。ときには〝歯切れ〞と言って、刀身にわずかな割れ目が生じてしまい、それまでの仕事がすべて無駄になってしまうこともあるんですよ」

焼き入れの難しさを小澤さんはこのように語っていました。

しかも、日本刀には切れ味ばかりでなく「折れない、曲がらない」という強靱さも求められます。そのために行うのが焼き入れ前の土置きという作業です。粘土質の土を刀身に盛るのですが、その厚みを刃や棟(背側)の部分で微妙に変えることにより、焼き入れの具合(水に入れた際の冷えるスピード)を微妙にコントロールするのです。これにより刀身はただ硬いだけでなく、しなやかさも併せ持つようになります。

焼き入れの作業は、すべての窓に覆いをして、仕事場を暗くしてから行います。赤熱した鉄の温度を色で判断するためです。ふいごで高温にした炭火の中に小刀を入れるタイミングや時間はすべて小澤さんの経験が頼り。指示通りに作業を進めます。

そして、クライマックスの焼き入れは、まさに一瞬のこと。赤熱した小刀が水の中でジュッと音をたて、たちまち黒くなります。

「なかなかいい出来ですよ」と言いながら、小澤さんが研磨機で軽く表面を磨くと、その表面には鋼を鍛えることにで生じる美しい縞模様がうっすらと浮かび上がっていました。

土置き・焼き入れの前に仕上がりをチェック。ねじれなどの微調整は小澤さんがやってくれます(右上)。焼き入れを終えた小刀は、小澤さんの手で軽く磨かれ(左)、この日の作業はすべて終了。研ぎ師と鞘師の手を経て、およそ1ヶ月後には、参加者の元に完成品が届きます。

小澤茂範(おざわ・しげのり)さん
昭和42年生まれ。「感動のある刀」を目指して日々作刀に励む刀鍛冶。平成10年に高野行光師に入門し、平成17年に作刀承認・独立。平成20年以降、新作名刀展、お守り刀展で入賞。「刀の世界」「刀の作り方」といった講座も各地で開催。裸焼きを始めとする新たな手法に挑戦している

小刀づくりを学ぶには?

古くから受け継がれてきた刀匠の仕事ぶりを、間近で眺め、そして、自分の手で体験できるのがこの小刀制作教室の一番大きな魅力と言えるでしょう。そのため教室に参加する人も実にさまざまで、最近は日本の伝統工芸に興味を持つ女性や外国人観光客も数多く梅林刀剣鍛錬所を訪ねてくるそうです。もちろん日本刀の愛好家にもお薦めとのこと。制作工程を体験することにより、日本刀の出来を見分ける目がまったく違ってくるそうです。

小学校高学年以上なら誰でも参加でき、費用は1人5万円(教室で仕上げた小刀を磨き、白鞘を付け、発送する費用まで含みます)。教室は小澤さんと参加者の日程が合えば随時開催していて、1回に付き最大8名まで、1人での参加もOKだそうです。

■お問合せ・お申し込み

メール:umebayashijs@gmail.com

☎0465-82-6445(自宅)/☎070-6658-3671(鍛錬所)まで。

梅林刀剣鍛錬所ホームページ

https://umebayashijs.wixsite.com/umebayashi

文: 佐々木 節 Takashi Sasaki

編集事務所スタジオF代表。『絶景ドライブ(学研プラス)』、『大人のバイク旅(八重洲出版)』を始めとする旅ムック・シリーズを手がけてきた。おもな著書に『日本の街道を旅する(学研)』 『2時間でわかる旅のモンゴル学(立風書房)』などがある。

写真: 平島 格 Kaku Hirashima

日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌制作会社を経てフリーランスのフォトグラファーとなる。二輪専門誌/自動車専門誌などを中心に各種媒体で活動中しており、日本各地を巡りながら絶景、名湯・秘湯、その土地に根ざした食文化を精力的に撮り続けている。