山の頂に広がる世界遺産の霊場・高野山仏教の世界を体験して心清らかに。
写真 : 川瀬典子 Noriko Kawase
弘法大師・空海が築いた荘厳な天空都市。
幾重にも連なる深い山々、立ちこめる霧……。電車の窓の外から眺める風景は、標高が高くなるにつれて俗界と隔離されていくような不思議な感覚になります。行き先は高野山。
幻想的な情景に心奪われ辿りついたのは、南海鉄道高野線の終点、極楽橋駅。ここからさらにケーブルカーに乗り換え、山上を目指します。
高野山は平安時代初期、弘法大師・空海が標高約850メートルと言われる山上に開いた真言密教の根本道場。千メートル級の峰々に囲まれた聖域は平成16年、吉野・熊野・これらを結ぶ古道とともに世界文化遺産に登録されたことで、海外にも広く知られるようになりました。
高野山では52カ所の宿坊寺院が
ケーブルカーの高野山駅から降り、バスへ乗車して町の中心地へ。車窓からは歴史ある寺院がずらりと建ち並び、時折、袈裟を着た僧侶が道を足早に歩く姿を見かけ、天空の仏教都市を感じさせます。高野山は東西約6キロ、南北約3キロの平地全体が高野町というひとつの町になっていて、寺院のほか、役場や商店、学校などもあり、一般の町としても機能しています。現在、高野山には117の寺院があり、そのうちの52カ所が宿泊施設を備える宿坊寺院です。
護摩祈願など密教行事が
宿坊とはお寺や神社に付随する宿泊施設のこと。はじまりは平安時代とされ、当初は僧侶のための宿だったものが、時代とともに一般の参詣者、観光客へと門戸が開かれていきました。厳しいしきたりや決まり事を連想するかもしれませんが、ほとんどの場合、民宿や旅館と変わらず気軽に利用できます。違いは普段体験できないお寺ならではの宗教行事に参加できること。内容は護摩祈願や瞑想、座禅、写経など宗派やお寺によって実にさまざま。高野山の寺院はすべて高野山真言宗で、護摩祈願などの密教行事が行われます。
宿坊初体験の人でも快適に
最寄りのバス停を降り、10分ほど歩くと白壁の山門が見えてきました。今晩お世話になるのは、遍照尊院。境内に入ると左右には庭石を多く配置した枯山水の庭が広がります。「どうぞこちらへ」と出迎えてくれたのは、僧侶の杉本智心さん。案内されたのは「三密殿」と名付けられた10畳の部屋で、広縁の窓からは色づきはじめた庭の美しい木々が歓迎してくれました。
宿坊とひとことで言っても、風情のある古い木造の建物などさまざまですが、当院の宿坊は、近代的な設備を備えた旅館のような作りで、宿坊初体験の人でも快適に過ごせます。
精進料理も美味しく、お風呂にも凝った宿坊
部屋の広縁から見える池泉庭園を眺めながらお茶を一杯。夕食は楽しみにしていた精進料理が待っています。専門の調理師の手によって作られた料理を、きびきびした動きで給仕をする若い僧侶。丁寧に旬の素材の味を引き出して作られる品々は見た目も美しく、心も軽くなるような感覚です。
当院は高野山では珍しいお風呂に凝った宿坊で、樹齢2000年の古代檜や霊木の高野槇で作られた大浴場、陀羅尼という生薬が入った薬風呂があり、お風呂好きにもうれしい宿。檜の芳香に包まれ、贅沢な時間を過ごせます。
朝のお勤めや写経など宿坊ならではの体験も
翌朝は、6時からの勤行に参加。堂内には住職と僧侶の奏でる読経や声明が美しく響き渡り、全身が清らかになる不思議な感覚を体験。勤行と同時進行で護摩祈願が行われ、護摩を焚く神秘的な炎に圧倒されました。
その後、無病息災をお祈りするお砂踏みに参加。朝食後はチェックアウトの時間まで、写経を体験することに。般若心経が薄く書かれた半紙をなぞり、願いを筆に込めました。仏教とそれを取り巻く日本文化を肌で感じる宿坊体験。静謐な空気の中で癒やされたいという人にもぴったりです。
遍照尊院
和歌山県伊都郡高野町高野山303
アクセス:南海高野線極楽橋下車、南海高野山ケーブルで高野山駅へ 高野山駅から奥之院行きバス乗車、千手院バス停下車徒歩10分