日本では、古くから身近にある自然素材を利用して、日常生活の中で使われる多様な工芸品を生み出してきました。それらは、先人たちの巧みな技と知恵を使い手作りされたもので、その地域や気候風土に合った暮らしに密着する、欠くことのできないものでした。しかし、現代社会における生活様式の合理化や、安価な化学素材の利用が進み、多くが使われなくなり衰退してきています。
そこで国は「伝統的工芸品産業の振興に関する法律(伝産法)」を定め、主として日常生活で使われるもの、製造過程の主要部分が手作り、伝統的技術または技法によって製造、原材料は伝統的に使用されてきたもの、一定の地域で産業として成立している、といった条件を満たしたものを「伝統的工芸品」として指定し、支援しています。
近畿地方の特徴
雅で繊細、日本の歴史を物語る。
かつて歴史と文化の中心となった古都、京都・奈良のある近畿地方だけに、伝統的工芸品の種類は多岐にわたっています。特に、京都府における国指定の伝統的工芸品は17品目におよび、これらは総じて格調高く雅やか。それは長年にわたり貴族社会や権力者階級の需要に応える中で、技術的に高められた結果といえるでしょう。その印象は高級織物や漆器ばかりでなく、扇子や団扇のような小物製品にまで感じられます。
三重
伊賀くみひも(いがくみひも)/四日市萬古焼(よっかいちばんこやき)/伊賀焼(いがやき)/鈴鹿墨(すずかずみ)/伊勢形紙(いせかたがみ)
伊賀くみひもの起源は奈良期以前、絹糸を織りあげた帯締めや羽織紐がある。四日市萬古焼は、江戸中期に茶道に親しんだ商人の沼波弄山(ぬなみ ろうざん)によって始められたもので、急須などが有名。伊賀焼は奈良期に始まり安土桃山時代の伊賀上野の藩主が、茶や陶芸を好んだことから、茶の湯の陶器として全国に広まった。気候風土に恵まれ、ここで作られる鈴鹿墨は発色がよく、深みのある墨色が好まれて江戸期より生産が盛ん。伊勢形紙は着物の模様染めに用いられる伝統的工芸用具で、室町時代の始まりとされる。
滋賀
近江上布(おうみじょうふ)/信楽焼(しがらきやき)/彦根仏壇(ひこねぶつだん)
近江上布は古くから湖東一帯で生産された麻織物で、近世彦根藩の庇護のもとに発達した。製品は着物や婦人服地などが多い。日本六古窯の1つに数えられる信楽焼は鎌倉期以降盛んになり、江戸期には登り窯によって大物陶器を主流に、茶陶としても多くの名品を世に出した。現在では多様な生活雑器がつくられている。豪華なつくりが特徴の彦根仏壇は、彦根藩が仏壇作りを保護したことによって盛んに作られるようになった。
京都
西陣織(にしじんおり)/京鹿の子絞(きょうかのこしぼり)/京友禅(きょうゆうぜん)/京小紋(きょうこもん)/京黒紋付染(きょうくろもんつきぞめ)/京繍(きょうぬい)/京くみひも(きょうくみひも)/京焼・清水焼(きょうやき・きよみずやき)/京漆器(きょうしっき)/京指物(きょうさしもの)/京仏壇(きょうぶつだん)/京仏具(きょうぶつぐ)/京石工芸品(きょういしこうげいひん)/京人形(きょうにんぎょう)/京扇子(きょうせんす)/京うちわ(きょううちわ)/京表具(きょうひょうぐ)
西陣織は江戸初期以降発展した、華やかな綴や錦、緞子などの高級紋織物。京鹿の子絞は、宮廷衣装の紋様表現として用いられてきた。京友禅は花鳥山水など具象画調の意匠を施した、気高く奥ゆかしい模様染めで江戸期に栄えた。京小紋は型染技法で、武士の衣服にも用いられ、京黒紋付染は黒地の礼服に家紋を施す染色技法。京繍は絹や麻織物に絹や金銀糸で刺繍を施す加飾技法。京くみひもは平安期に始まり日用品から武具まで用途は多様。京焼・清水焼は平安期に製作が本格化し茶華香道用具などがある。京漆器は室町以降発展し、金銀粉や貝片をちりばめるなど優美な趣で茶道具や家具など。京扇子と京うちわは絵柄も多彩で雅やかだが、実用品としての美しさも合わせ持つ。京表具は平安期に始まり、室内装飾として掛軸や額装、仕切りとしての襖や屏風など。
大阪
大阪欄間(おおさからんま)/大阪唐木指物(おおさかからきさしもの)/大阪泉州桐箪笥(おおさかせんしゅうきりたんす)/大阪金剛簾(おおさかこんごうすだれ)/堺打刃物(さかいうちはもの)/大阪浪華錫器(おおさかなにわすずき)/大阪仏壇(おおさかぶつだん)
大阪欄間は江戸前期に始まり、住宅の茶の間、客間等の鴨居の上に、光を取り入れたり風通しを良くするという実用性と、品格を表すための室内装飾として用いられた。大阪唐木指物の唐木とは、中国を経て日本に輸入されたシタン、コクタン等の木のことで、江戸時代以降、飾棚、茶棚等を始め、座敷机等が作られている。大阪泉州桐箪笥の起源は江戸中期、木材の柾目を生かした製品はすべて注文生産。大阪金剛簾は金剛山麓の天然竹による製品。堺打刃物は安土桃山期に鉄砲鍛冶の技も取り入れて始まったプロ仕様の包丁。大阪浪華錫器は江戸時代中期に大阪で盛んに作られた。大阪仏壇は、金箔を使った優美な装飾が特徴。
兵庫
丹波立杭焼(たんばたちくいやき)/出石焼(いずしやき)/豊岡杞柳細工(とよおかきりゅうざいく)/播州三木打刃物(ばんしゅうみきうちはもの)/播州そろばん(ばんしゅうそろばん)/播州毛鉤(ばんしゅうけばり)
日本六古窯の1つに数えられる丹波立杭焼は平安末の開窯で、武骨な趣の生活用品から花器類まで作られる。大量の白磁の原石が発見されたことから、江戸中期に藩主の援助を受け始まった出石焼は、白磁の風合いを生かした茶器や花器などが有名。豊岡杞柳細工は、円山川の荒地に生えるコリヤナギで籠を編むことから始まっている。鋸、みの、鉋などの大工用具で有名な播州三木打刃物は、江戸期から和鉄の鍛練が継承され現在もその伝統を守る。播州そろばんは安定した使い勝手が特長。播州毛鉤は数種類の鳥の羽根を絹糸で巻き付け、水生昆虫にそっくりな毛鉤を手作業で作り上げる。
奈良
高山茶筅(たかやまちゃせん)/奈良筆(ならふで)
高山茶筅は室町中期に始まったもので、茶道の創始者でもある村田珠光(むらた じゅこう)の依頼によって鷹山城主の子息が作ったとされる。茶筅の形は流派により異なるためすべて手づくりされ、その種類は60以上にもなる。空海が唐に渡った時に筆作りの方法を極め、日本に帰ってからその技法を伝えたことが始まりとされる奈良筆。羊、馬、鹿など十数種類の動物の毛が筆の原材料として使用され、さまざまな種類の筆が作られる。
和歌山
紀州漆器(きしゅうしっき)/紀州箪笥(きしゅうたんす)/紀州へら竿(きしゅうへらざお)
紀州漆器は、室町から戦国期に地元にある豊富な木材、紀州桧を使った木椀製作に始まり、のち漆の技法が入って発展、木地師や塗師、蒔絵師が分業で日常生活品の食器類や盆などを製作する。紀州箪笥の起源は江戸後期とされる。軟らかく割れや狂いが少ないなど、収納家具の素材として適したキリ材を使い、上品で美しい淡黄色が特徴。紀州へら竿は、製造技法が明治10年代に確立したもので、高野山に産するスズタケを使った手づくり製品。