日本の各地には、素晴らしい風景があります。そして、そこには様々な物語が刻まれています。ここでは、写真家・青柳健二が日本各地で切り取った後世に残しておきたい素晴らしい風景をシリーズでお伝えします。
今回は、新潟市西蒲区の「夏井のはさ木」を紹介します。

あぜ道の黄金色の屏風といった風情

新潟市西蒲区夏井には、はさ木(稲架木)が約600本残っている。

はさ木とは、刈り取った稲を乾かすために使う木のことだ。表記は、「はざき」「はさぎ」「ハザ木」など様々だが、夏井の案内板には「はさ木」となっているので、ここでは「はさ木」と統一して書くことにする。

夏井は、新潟駅から南西に直線距離で約30kmのところに位置し、JR越後線「岩室駅」から車で10分、また、北陸自動車道「巻潟東IC」より車で約30分で到着する。専用の駐車場や休憩するための椅子やトイレも設けられているちょっとした観光スポットだ。 弥彦山(634m)を一望できる広々とした田園の真っただ中にあり、周りは典型的な越後平野の風景ともいえるだろう。

落語家の故・立川談志師匠の「談志の田んぼ」の看板が立っていた。生前、談志師匠が実際に来て田植えや稲刈りをしたそうだ。ここの田園風景は談志師匠にも深く愛されていたという。

かつて、秋になるとあぜ道のはさ木に8~9段稲がかけられた様子は、まるで金屏風のようで美しかったという。

岩室温泉観光協会HPでは、このように紹介されている。

「日本一の米どころ越後平野を古くから特徴づけてきた「はざ木」。秋になると、刈り取った稲が干され、あぜ道の黄金色の屏風といった風情であった。はざ木と平野の醸し出す美しい情景を、後世にと残されている。」

「夏井のはさ木」は、新潟の風景をテーマにした写真コンテストでも必ず応募される作品のひとつだそうだ。それだけ新潟にとっての愛すべき、懐かしい風景ということなのだろう。

夏井のはさ木は、それ自体が生きている「杭」

天日乾燥させるために、はさ木に渡した横竹に刈り取った稲をかけることを「はさかけ」と呼ぶが、昔、新潟平野は湿地帯だったので、田んぼの中で稲を乾かすことができず、はさ木を使って高い位置にかけた。

はさ木はモクセイ科に属するトネリコ (別名:タモ)Fraxinus japonicaという木で、水に強く枯れにくいという。東北地方から中部地方の山地に自生している日本原産種で、湿地を好み、弾力性に富む木質のため倒れにくいという特徴がある。ちなみに富山県でも同じトネリコをはさかけに使っている。

全国的に方法は違っていても稲のはさかけは行われている。とは言え、屏風のようなはさかけは、さすがに他の地域と比べてもインパクトのある景色になる。

それと、夏井のはさ木は、それ自体が生きている「杭」というのもユニークだ。他地域のはさ木は、「死んだ杭」や「死んだ棒」を使っているからだ。しかも形も独特で、稲がかかっている秋の景色が本来のはさ木の様子なのだろうが、稲がかかってなくても、1年中どんな季節でも、この独特の風景を楽しむことはできる。これははさ木が生きている植物だということと関係するだろう。

夏井のはさ木は、陽当たりを良くするため、春先に先端の枝打ちをする。そのときは、拳のように見える。夏や秋には枝葉が延びて箒を逆さにしたような形になる。生きている植物だから季節によって形が変わる。それが何本も等間隔で並んでいると、ユニークさが増すのだ。

季節や季候によって様々な風景を現出

季節や気候によって様々な顔を見せてくれるはさ木の風景。水田に水が張られた春には、朝夕、水に朝焼け夕焼けが映り、はさ木がシルエットとなってドラマチックな風景を作り出す。

また冬には豪雪地帯の平野部ということもあって風が強く、はさ木に雪が横から付着する。雪が舞う中で写真を撮影したこともあった。翌早朝にはシーンと凍り付いたような風景の中に立っているはさ木が凛としたたたずまいを見せてくれる。遠くには、弥彦山が白銀の雪に覆われ、冬こそ印象的な風景になる。

このように、はさ木が加わることで、季節ごとの夏井の田園風景が、いっそう変化に富むものになっているのだ。

はさ木にはさかけされた稲の「金屏風」は、越後平野を特徴づけていたものだったが、近年、農業の機械化や省力化が進み、天日乾燥するより機械乾燥する方が多くなり、はさ木を使うことも少なくなってきた。そのため、多くのはさ木が切り倒された。

これは稲の乾燥方法という理由だけではなく、大きく見れば、戦後日本では農業離れが進み、そのなかでも米を食べなくなったということと同じ線上にあるのだろう。

少なくなったはさ木だが、最近は、地元の人たちや岩室温泉観光協会の人たちが中心となり、この文化的景観を残そうとする保存活動も行われている。頭が重くならないように枝切りをしたり、古くなったものは若木に植え替えたりして、昔ながらの景観を復活させている。

また、秋に毎年行っている、はさ木に稲をかける農作業の体験は人気のイベントになっている。

<夏井のはさき>
新潟市西蒲区夏井