居合道とは、日本刀で実践する心身を鍛える武道。剣道の抜刀後の「立合」に対する「居合」を意味し、抜刀の瞬間に敵を制するための刀法である。
居合道の流派である無雙直傳英信流の指導者、田口阿勢齋先生に、居合道の「形(かた)」の意義を聞いた。


田口阿勢齋(たぐち・あせいさい)

居合兵法無雙直傳英信流「阿勢塾」塾長。範士九段。東京都世田谷区の「阿勢塾道場」「池ノ上道場」「桜丘道場」の3カ所にて、業習得に合わせ、個別指導、集合稽古、補修・特別指導を行う。大日本居合道連盟 理事長、世田谷支部長、出光支部相談役、居合兵法無雙直傳英信流阿号之会 理事 事務局なども務める。

刀礼(とうれい)。刀匠の魂が込められた日本刀と居合いの先達たちに敬意を表現する礼法。

今の自分を映し出す、常に一歩先を行く教えに真摯に向き合う。

剣豪と呼ばれた先達の知恵が、「形」に集約された武技である居合道。その求道の心得とは、「形」の本質とは何なのだろう。

「『形』とは先達が長年の苦心惨憺の上に作った、後進への道標です。空手家の成嶋弘毅氏が著書の中で触れておられますが、『形』は古典の名著のようなもの。古典は読み込むほどに新しい発見があり、以前分からなかった内容が、すんなりと理解できることがある。『形』も何度も稽古を繰り返すと、自分の成長段階に合わせて必要な気づきを与えてくれる。常に一歩先を行く教えを包括するものなのです」

日本の武道、芸道には、師弟関係と修行のあり方を説いた「守破離(しゅはり)」という思想がある。
居合道では
守:師の教えを守って背かず、而して改めないをいう
破:改むべきを改め、他の長所を取り入れるをいう
離:流派を離れて是を超越し、独自の境地を見出すをいう

「武」の象徴である日本刀と向き合い、「形」を鏡として、今ここにある自分自身と向き合う。この心構えが深遠な学び、果てなき精進へとつながるのだ。

すべての道に必要不可欠な「形」。そこに学びの原点がある。

居合い道の形は「種目」と呼ばれ、「正座の部」「立膝の部」「居業の部」「立業の部」などに分かれている。
敵に襲われた時のシチュエーションが細かく設定されており、その状況により、始まりの姿勢を「正座」「立膝」「歩行」に分類。相手が襲ってくる方向により、「前」「右」「左」「後」のそれぞれの「形」があり、刃筋や技法が異なる。
それらが組み合わさった数多くの「形」を繰り返し稽古し、完成形に近づけていくのが居合道である。

代表的な技法

1 抜きつけ

正座の姿勢から右足を踏み出し、(仮想)敵の顔面に横真一文字に切りつける。切先も拳も肩の高さより跳ね上がらない。

2 切り上げ

歩行の姿勢から右足を踏み込み、刀刃を下に向けて抜刀し、敵の右胸下部より左肩の方向に斜めに掬うように右片手で切り上げる。

3 片手袈裟切り

歩行中に敵が仕掛けて来るところを、右足を踏み込んで敵の胸部を右斜下に切りつける。腰を充分に左に捻り、右肩にて敵に切り込む心得が大切。

4 正面切り下し

歩行の姿勢から第一刀の切撃後、諸手上段に振りかぶり、敵の真向に切り下す。しっかり腰を入れることが重要だ。

無駄をそぎ落とした動作が無心の求道を成す。

稽古は礼法から始まり、順番に各種素振りを繰り返していく。
「抜きつけ時は、相手が刀を取りにくるから柄を左に外して、柄頭で相手の顔を突く」
「のけぞった相手がさらに退かないように袴の裾を踏んで、右片手袈裟で45度に切る。敵がどの位置にいて、どう来るかを考えて…」。
田口先生の教えは具体的かつスピーディ、優しく厳しく指導が続く。
「形」のすべての動き、角度などには意味があり、無駄な動作は全くない。「形」の美しさの源泉を感じる。

<正座の部・左> 業(わざ)の流れ

稽古中の女性・森田美佐子さんも、「形」の美しさに魅せられ、「阿勢塾」の門を叩いた一人だ。
「大会で女性の高段者の演武を見て、流麗な動きに感動し、自分もいつかできるようになりたいと、居合道を始めました。田口先生や高段者の『形』には美しさと強さがあると思います」
やってみると難しく、一筋縄には行かないというが、なだらかな山を登るような変化、日々の小さな上達を糧に、稽古を楽しんでいるそうだ。
「週に2時間の稽古で、手や足、身体の動きに集中し、居合のことしか考えない時間を持つことは、心身の健全さに役立つと思う。日々の喧騒やストレスも切り離して考えることができます」

阿勢塾

東京都世田谷区代沢2-18-19
TEL&Fax:03-3487-5340
http://www7b.biglobe.ne.jp/~aseijuku/

無雙直傳英信流とは。

戦国時代から江戸時代前期の剣豪、林崎甚助源重信公により居合道が開かれ、正統の中から多くの名人、達人が輩出された。初祖以来の達人とされた、正統第七代長谷川主税助英信公は、太刀の居合から刃を上に向けた打刀の居合に改めるなど、古伝の業に創意工夫の業を加え、発展の基礎を確立。江戸時代末期に、流名を無雙直傳英信流と改め、現在に伝わっている。