ユネスコ世界文化遺産「日光の社寺」は、国宝などを多く持つ日光東照宮など、2007年から2017年公開まで、10年をかけて大修理が行わました。
これらを構成する木材を保護・修復するために、ほとんどの建造物で使用されているのが「漆(うるし)」です。
ここでは、江戸時代と同じ修理方法を探りながら、国産漆を扱う技術を後世に残そうと、この大修理に尽力し、今、この漆塗り技術を後世に伝えようと努力しているのが、「日光社寺文化財保存会の職人さんたちです。
この職人さんを代表して佐藤則武さんに、日光社寺の大修理当時のお話しをお伺いしました。

佐藤則武さん (日光社寺文化財保存会)

漆塗管理技術者として5人の漆塗り職人を率いている。店舗内装の仕事をしていたが、長く残る仕事がしたいと、漆塗り職人の道を選んだ。

層になって残る江戸時代の職人の仕事から学ぶ

ユネスコの世界文化遺産に登録されている「日光の社寺」とは、二荒山神社、日光東照宮、輪王寺の建造物群と周辺の遺跡のことで、国宝が9棟、重要文化財が94棟にもおよぶ。これらの修理を担当したのが、「日光社寺文化財保存会」である。
建造物は主に木材で構成されているが、これらを雨風や紫外線から守り、腐食や割れなどを防ぐ目的で使われているのが漆である。

「外に面している部分は、漆を17回重ねて塗りました。塗って乾かして研ぐことを繰り返す工程は、全部で40にもおよぶました」
そう話すのは「日光の社寺」の修理を担当した日光社寺文化財保存会で漆職人を率いる佐藤則武さん。
「日光の社寺」は平成19(2007)年から始まった平成の大修理は、日光東照宮の「陽明門」「三猿」「眠り猫」などうぃ皮切りに修理が行われ、完了・公開されたのが2017年という、まさに10年の歳月がかかりました。

「昭和26年ごろから始まった前回の修理では、国産の漆が不足していて中国産が使われていましたが、平成の大修理では100%国産の漆を使っています。国産の漆は、産地や漆の掻き方、精製の仕方により状態や乾き方が異なり、扱いがとても難しいのですが、仕上がりも美しく、耐久性に優れています。私がこの仕事を始めた頃は、国産の漆を扱っていたので、その頃の記憶を頼りに試行錯誤を重ね、数年かかって国産漆100%の漆塗りを使いこなしました。定年が近づき、若い人たちに国産の漆のよさを伝えていきたいという思いと、今ならまだ間に合うという使命感のようなものがありました」と佐藤さんは語る。

日光東照宮本殿の軒下彫刻の研ぎの工程。下地の漆を塗って、丁寧に研いでいく。この工程を何度も繰り返すことで漆が定着しやすくなり、美しく仕上げることができる。
左/本殿の手すりに、下地の漆を塗る職人たち。冬の日光は寒さが厳しい。漆は乾燥する前に凍るともろくなるため、11月に入ると作業する場所をビニールで養生し、防寒対策をしている。右/下地が乾いたところに、接着剤として漆を塗っていく。麻布を重ねることで、水がしみ込みにくくなり、木が割れるのを防止し、強度を上げて長持ちさせることができる。
左/岩手県浄法寺産の漆。国産の漆は粘度があるため、ハケではなく木ベラを使う。右/細かい彫刻が施された部分。木が欠けてしまったところは、新しいパーツをつくり補修している。

守るべき技術を次世代に伝えたい。責任とともにやりがいも感じている

国産の漆は、木ベラを使って塗ってから、ハケで慣らす。漆の塗り方や慣らし方は、できる限り江戸時代の方法に倣っているという。その方法は、既存の仕上げを剥がすと出てくる過去の修理の跡をルーペなどで観察したり、昔の精算書などの資料を読み込んだりして導き出しているという。既存の仕上げの下には、年輪のように江戸時代の職人の仕事が層になって残っているのだ。
「文化財は建造物のなかでも後世まで受け継がれるもの。自分の仕事も100年先の人たちに見られるでしょうから、丁寧に仕上げていいものを残したい必死で作業をしました」
国産の漆は、岩手県の浄法寺産のもの。一時は需要の減少と後継者不足が深刻だったが、現在は若手の漆掻き職人(漆を採集する人)も増えている。国産の漆はこの浄法寺産のものが中心だが、最近では他県でも品質にこだわった漆を生産したり、漆の木を育てたりする人たちが増え、国産の漆が注目を集めつつあるという。

長く残る仕事がしたいと思い、漆塗り職人になった佐藤さん。
「金箔を定着させる接着剤の役割も果たす漆は、溶剤がいらない数少ない天然塗料。漆の木は何度か掻いたら数年休ませれば再び掻くことができます。また、伐り倒してもそこから新しい芽が出て再生します。持続可能でエコロジカルな素材ですから、この技術をなんとか残して、後世に伝えていければと思っています。『日光の社寺』の修理を、江戸時代と変わらない材料と工法で行ったことが、国産の漆の継続的な生産にもつながってきたかなと自分では考えています」と佐藤さんは力強く語ってくれました。

国宝の「陽明門」には故事逸話や聖人賢人などの彫刻がほどこされている。
左/重要文化財の「三猿」は「見ざる・言わざる・聞かざる」で有名。右/国宝の「眠り猫」は左甚五郎作と伝えられている。