温泉宿の軒先などでときどき見かける『日本秘湯を守る会』の提灯、これはその宿が社団法人・日本秘湯を守る会の会員であることを示すものです。発足時1975年の会員宿は33軒、現在は全国185軒の宿が収録されています。かつては山登りの末にようやく辿り着けたり、電気がなかったり……という正真正銘の秘湯もありましたが、時代が変わり、快適すぎてビックリ! という宿も多くなっています。極上の濁り湯はゆたかな大地のおもてなし。老若男女が気兼ねなく、おおらかに楽しめる「秘湯」をご紹介します。

歴代の仙台藩主たちが愛した御殿湯

蔵王連峰の東麓にある青根温泉は、東北随一の大名、仙台藩の歴代藩主たちが癒やしの時を過ごした温泉地、いわゆる御殿湯でした。湯元不忘閣の名は、初代藩主・伊達政宗公がその湯のすばらしさを忘れないようにと名付けたものと伝えられています。 館内にはさまざまなタイプの浴場があり、なかでも最も大きいのが大湯・金泉堂です。これは昔の共同浴場を湯元不忘閣専用に改装したもの。木の香りに包まれながら、広々とした湯に浸かれば、まさに殿様のような贅沢な気分を味わうことができます。

右/木造二階建、入母屋造で北面と南面に千鳥破風をしつらえた青根御殿。宿泊者は内部の見学も可能。左上/築100年を超える不忘閣の本館。廊下から張り出した休憩所からは中庭や青根御殿が眺められる。左下/季節の移り変わりを感じながら、家族などで楽しめる貸切の半露天風呂。

匠の技で仕上げた伝統建築の数々

16世紀に蔵王の石を切り出して造られた新湯、明治初期に建てられた土蔵にしつらえられた蔵湯浴司、そして、開放感あふれる半露天の貸切風呂など、ひとつの宿にいながらにして、さまざまな趣向の湯を堪能できるのが、この湯元不忘閣の大きな魅力となっています。さらにもうひとつ、見逃せないのは建物のすばらしさでしょう。 昭和7年(1923)竣工の青根御殿は、江戸時代に歴代藩主が宿泊した建物を再現したものです。このほか、広い敷地内には本館、別館、離れなどがあり、それぞれの時代の名工たちが丹精を込めて造り上げた建物の多くは登録有形文化財に指定されています。

毎日、朝食後には青根御殿などの建物、伊達家ゆかりの武具や調度品などをスタッフの案内で見学するツアーも実施しています。すばらしい温泉や料理とともに、こうした御殿湯ならではの歴史をたっぷりと味わってみてはいかがでしょうか。

左上/地元の食材を活かした純和風の会席料理。猪鍋や鹿鍋など、季節の素材を使った鍋料理も楽しめる。右上/伊達家ゆかりの調度品のほか、昔の湯治場の雰囲気を伝える品々が館内のあちこちに展示されている。左下/蔵王連峰を横切り、宮城県と山形県を結ぶ蔵王エコーライン。青根温泉はその宮城県側起点近くにある。右下/エメラルドグ

青根温泉 湯元不忘閣

所在地:宮城県柴田郡川崎町青根温泉1-1
Tel:0224-87-2011

アクセス:
JR東北新幹線・白石蔵王駅から宮城交通バス・遠刈田温泉行きで終点下車。
東北自動車道・白石ICから約25㎞/45分
山形自動車道・宮城川崎ICから約10㎞/20分。

文: 佐々木 節 Takashi Sasaki

編集事務所スタジオF代表。『絶景ドライブ(学研プラス)』、『大人のバイク旅(八重洲出版)』を始めとする旅ムック・シリーズを手がけてきた。おもな著書に『日本の街道を旅する(学研)』 『2時間でわかる旅のモンゴル学(立風書房)』などがある。

写真: 平島 格 Kaku Hirashima

日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌制作会社を経てフリーランスのフォトグラファーとなる。二輪専門誌/自動車専門誌などを中心に各種媒体で活動中しており、日本各地を巡りながら絶景、名湯・秘湯、その土地に根ざした食文化を精力的に撮り続けている。