日本を代表する大温泉地、熱海。そこには昔から人々が集まる名湯があり、歓楽街があります。そして、日本の伝統芸を受け継いでいく女性たちがいます。熱海芸妓にその芸のお話を聞きに行きました。

歴史ある温泉で伝統を守る芸妓衆の舞

華やかな着物の裾を曳いて踊る立ち方衆(踊り手の芸妓)のしなやかな動きが、地方(三味線や太鼓、唄を担う芸妓)の奏でる音に合わせてフワリととまる。踊る姿の艶やかさと立ち姿の凛々しさが自然に入れ替わり、踊りが続けば、動きは滑らかに進んでいきます。そこには日本の女性が築き、伝えてきた気品と美しさのひとつの形があります。

毎週土日に開催される「湯めまちをどり華の舞」。さまざまな番組が組まれ十分に楽しめます。

毎週、土日に熱海芸妓見番で開催される「湯めまちをどり華の舞」では、芸妓さんをお座敷に呼ぶことなく、気軽にその芸事を間近にできることが魅力です。見番とは芸妓が所属する置屋を取りまとめる組合であり、芸妓が舞踊や鳴り物の様々な稽古をする歌舞練場でもあります。

舞踊と邦楽で宴を盛り上げ、華を添える役割を担っている女性を、主に関東では芸者や芸妓、関西では芸子と呼んでいます。地域や組合などによって名称は異なりますが、その役割は大きくは変わりません。ただし、お酌をしておしゃべりをするだけではく芸を磨き、芸で魅せる術を持っているのが芸妓なのです。

熱海温泉の歴史は古く、江戸時代には徳川家康公から代々の将軍に愛され、幕府の直轄地とされていました。また、江戸城まで温泉を樽に入れて運ぶ「御汲湯」が行われた日本の名湯でもあります。

それ以降、明治、大正、昭和という激動の時代を豊富な湯量、風光明媚な土地柄、そして東京のお膝元という立地を従えて、多くの政治家や文人などの著名人が訪れる人気温泉であり続けました。戦後に交通網が整備されると、保養地であり、観光地でもありながら、東京の宴会場としての機能も持つようになりました。その多くの時間に欠かせなかったのが、磨かれた芸事で宴を盛り上げてきた熱海の芸妓衆でした。

華やかさの裏にはつねに稽古があります

「温泉場にはいろんな方が全国からお見えになりますから、芸妓衆は長唄から常磐津はもとより、民謡や流行りの歌までできないと通用しません。だから大変なところですね」

こう語るのは熱海芸妓置屋組合の組合長であり現役の芸妓でもある西川千鶴子さん。最盛期には東京までお出迎えの電車に乗り、お召し列車で宴会をしながら熱海へ向かったこともあったといいます。その当時で、約1200人の芸妓衆がひとつの見番に登録されていました。現在は200人弱ということで、数は減りましたが、それでもひとつの見番としての登録数は多い方だといいます。

見番の舞台では踊りの稽古中でも、小部屋では鳴物の稽古が行われています。

熱海で芸妓になるには、この見番でのお行儀教室と踊りの稽古が必要です。襖の開け閉めや歩き方、お辞儀の仕方など基本のことを教わり、同時に踊りもお稽古があります。そして数ヶ月後に試験があって、通れば次の試験に向けて再び踊りの稽古を続けるのです。この2回の試験を通過すると晴れて見習いという文字は外せるのですが、それで一人前になったわけではありません。

「自分がどの程度の芸者になりたいのかということもありますから、一人前という線引きも難しいのですが、2回の試験を通過したのは、まだまだ小学校に上がった程度です。まったくの基礎ですから」

見習いの文字が外れても、稽古は続きます。見番には幾つもの小さな部屋があり、そこが稽古場になっています。芸妓衆の全員が稽古をする踊りのほかに、長唄や常磐津、三味線や太鼓などの鳴り物の稽古のなかから自分に合ったものを選択して続けていくのだといいます。

芸事を習うために必要なこと。尊敬できる先生を探す

「芸妓を始めた頃はとても景気が良くて、朝からお食事の時に芸者衆を呼んでお酒を飲む朝座敷というのがありまして、昼には別のお座敷に出て、夜にもまたお座敷があるという、昼夜を問わずお座敷があるような時代でした。本当に良かったですね」

こう語るのは芸妓歴40年以上というきり花さん。その1日は今でも稽古から始まります。熱海芸妓のお稽古は舞踊、小唄、長唄、常磐津、鳴り物、端唄、茶道、華道など多岐にわたります。そのほかにも、年に1度の熱海をどりや毎週開催される湯めまちをどりの稽古もあり、毎日が稽古の積み重ねなのです。

「踊りの稽古は月曜から金曜まで週に5日あります。稽古場の幹事をしているので、10時前には見番に行きます。長唄や端唄は週の5日で覚えるようにして、覚えられない場合は次の週に持ち越しています。稽古事を自分のものにするには、ひたすら努力するだけですね」

舞台でお師匠さんの口三味線に合わせて踊りの稽古を繰り返す芸妓さんたち。
広い見番に緊張した空気が張りつめています。

舞踊や長唄などは、お座敷に結びつく芸事であると容易に想像できますが、茶道や華道とお座敷に通じるものはどういった場面なのでしょうか。その両方の免状を持っているきり花さんはこういいます。

「お花はなにかの機会に生けることもあるので習っていたのですが、お茶の場合は、踊りと共通する部分もあり、立ち姿や振る舞い、姿勢など自然に身に付くことが多く、お座敷にも活きる芸事だといえます」

こうして、十分にベテランと呼ばれる立場であるきり花さんも、現在も稽古を繰り返す日々ですが、芸事を習うために必要なことは、師匠や先生を尊敬することだといいます。それは一般の人の場合でも同じで、芸事を習いたい気持ちがあるのなら、その師匠や先生を尊敬することが第一で、その気持ちがないとなかなか上達できないのではないかと。習いたいことがあるのならば、まずは良い先生を探すことが大切なのです。

お客様に喜んでいただく、そのために芸妓がいます

たとえば、そこが料亭であればお客様はスーツでやってきて、ネクタイを外すことも少ないでしょう。しかし、温泉地となると皆さんが同じ浴衣姿になっていたり、入浴後であることも多く、その関係性を推し量ることが難しくなります。また、お馴染みのお客様ばかりではなく、そのお座敷が初見であり最後であるお客様もいます。そんなお座敷での場の作り方は、容易ではないはずです。

「まずはお呼びいただきありがとうございますという礼に始まり、礼に終わるということは基本ですが、何十年もやっていますから、見た瞬間にお客様が思っていることをわかるようになりました。このお客様は変な話はしない方がいいなとか。それを気づくのは、顔と手とお話の仕方ですね。場を呼んで、一番良い空気に持っていくということです。これは教わってできることでもないのですが、それがプロだと思っています。お客様に喜んでいただけることが第一だと思っています」

お話しをお伺いした熱海芸妓置屋組合の組合長・西川千鶴さんと、芸歴40年以上のきり花さん

———-芸妓歴5年目の半玉、愛千代さんに聞く。

まだあどけなさの残る雰囲気に、柔らかな笑顔ではにかみながら芸妓である自分を語ってくれたのは、今年で5年目を迎える愛千代さん。高校生の時に芸妓に憧れ、1ヶ月の体験入門をし、その思いをさらに堅固にして熱海へやってきたといいます。

「もともと接客業や人前にでること、人と話すのも苦手だったんですが、お仕事ですから、自然と話せるようになりました。高校生の頃は、お座敷に入ってお客様とお話しをするとは思っていなくて、お稽古と舞台だけだと思っていました」そんな愛千代さんは毎日の稽古が楽しいという。これまでに経験したことのない稽古ばかりで、それが少しずつ自分の身になっていくことは楽しいことだし、自分の身の回りにいるお姐さんたちは、自分の憧れでもあり、少しでも近づきたいという気持ちがつねにあるといいます。 

お客様との距離が近いことが熱海芸妓の良いところだといいます。「毎週、お姐さんたちの踊りを舞台で観ることができるのは熱海くらいかと思います。ぜひ見に来てほしいです。舞台の後でお客様との歓談する時間もありますから。

熱海はとても旅情に溢れた街です。相模湾に面した港の緩やかな曲線部分を除けば、ほとんど平らな場所がないほどに海に迫る斜面。そこに旅館やホテル、土産物店などが建ち並び、行き交う人は不慣れに、すこしゆっくりと街を歩いています。その光景は昔ながらの居心地の良い温泉地であることを感じさせてくれます。そして、ここには芸に生きる芸妓さんたちの文化が根付いています。

芸者・芸妓

芸者は、踊りや三味線などの日本の伝統芸能で宴を盛り上げるプロです。 ほどんとの芸者がこれを生業とし、アルバイト感覚ではありません。 一人前になるには当然厳しいお稽古をつみます。
芸者にはいろいろな呼び名があり、 関東では「芸妓」「芸者」など、関西では「芸子」と呼びます。 修行中の芸者は「半玉(はんぎょく)」と呼ばれ、京都では「舞妓」と言われます。 芸者の世界は「花柳界(かりゅうかい)」と呼ばれ、これは柳緑花紅からあでやかな世界を意味しています。

熱海芸妓・芸妓見番(芸妓組合)

熱海は全国でも屈指の芸者街。ほとんどの芸者は派遣業社に相当する「置屋(おきや)」に属しています。 現在熱海には50を超える「置屋」があり、120名余りの芸者が活躍しています。熱海には、この芸妓さんたちの組合があり、芸妓達が、その芸を磨くための錬成場があります。この錬成場が「見番」と呼ばれています。ここでは毎年4月、鍛錬を積んだ芸妓達の芸を披露する「熱海踊りが開催され、だれでもがこれを見ることができます。

住所:静岡県熱海市中央町17-13
TEL:0557-81-3575(9:00〜16:00)
(土曜・日曜日は15時までとなります。)

公式サイト:https://atami-geigi.jp/index.html