リアス式特有の変化に富んだ海岸線と洋上に浮かぶ島々の景観美、内陸には幽邃の趣をとどめる伊勢神宮と神宮宮域林(きゅういきりん)の広がり、それに隣接する朝熊山(あさまやま)一帯から海浜部に見られる特異な植生がこの国立公園を特徴づけ、日本有数の観光地となっています。

伊勢志摩国立公園

大自然の活動が刻んだ美しい景観の「海の国立公園」

志摩市浪切付近の志摩半島の海食崖

三重県中部、地殻変動や海水面の変動により形成された、風光明媚な海岸線が美しい伊勢志摩国立公園。 国立公園としての指定は第二次大戦直後の1946年で、区域は現在の鳥羽、伊勢、志摩市と南伊勢町の3市1町にまたがり、面積は陸域5万5544ha、海域2万900haに及びます。

大自然の働きは海辺に多彩な造形を生み出しました。英虞湾(あごわん)や的矢湾(まとやわん)、五ケ所湾などは、地上部の谷部分が海面の上昇や地盤沈下で海面下に沈んでできたおぼれ谷で、特に英虞湾の海岸線は複雑に刻まれ、湾内に多徳島(たとくしま)など60余の島々を浮かべ、おおらかで美しく開放的な景観を形成しています。

外洋に面して太平洋の荒波をまともに受ける大王崎や御座岬(ござみさき)、志戸ノ鼻などでは、海岸線が海水に侵食されてできた海食崖(かいしょくがい)が発達し、志摩半島の南端、御座岬を西端として細長く東西に延びる先志摩(さきしま)半島では、海食面の隆起により形成された海岸段丘が発達しています。

砂州(さす)の発達も各所で見られ、鯨崎や安乗崎(あのりざき)、大王崎などは砂州が延びて陸とつながった陸繋島(りくけいとう)、相賀浦(おうかうら)の大池などは、延びた砂州に湾が閉ざされて取り残された海跡湖です。鳥羽市沖合に浮かぶ答志島(とうしじま)や神島などは、伊勢湾に裾を落した紀伊山地の一部が海面上に残った姿です。

スケールが大きく開放的な海辺を一望できるビュースポットとして、ほぼ海沿いを走るパールロードには鳥羽展望台、山間部に通じる伊勢志摩スカイラインには公園内最高地点の朝熊山頂展望台があります。いずれも日の出が壮観で、冬の晴れた日には遠く富士山まで望むことができます。

神宮宮域林と亜熱帯域の植生を伺わせる樹叢(じゅそう)

美しい緑に囲まれた伊勢神宮内宮

内陸部の中心は伊勢神宮で、市内に5㎞ほど離れて鎮座する内宮(ないくう)、外宮(げくう)をはじめ、125の宮社からなります。

内外正殿は古くからの様式を伝える唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)で、2本の棟持柱(むなもちばしら)により萱葺屋根(かやぶきやね)を支えています。正殿の周囲は四重の垣で囲われます。古式に則り20年ごとに社殿が建て替えられる式年遷宮(しきねんせんぐう)は、7世紀の持統天皇の時代に始まります。

内宮後背には5500haにわたり神宮の森=宮域林が広がり、神路山など五十鈴川(いすずがわ)源流をなす山々が連なります。

宮域林は、御造営用材を伐り出す「御杣山(みそまやま)」と定められました。その後適材の欠乏により御杣山は他所に定められましたが、御造営上最も神聖な「心の御柱(しんのみはしら)」は今でも宮域林から伐り出されています。

この地方の主要な植生は暖温帯常緑広葉樹林で、シイやヤブツバキなどで構成され、薄暗い林内ではテイカカズラなどの蔓植物も多く見られます。宮域林内には照葉樹林がよく残る一画があり、かつてのこの地の森の様相を物語っています。

ほかにも、日本では自生がごく一部に限られるトキワマンサクやジングウツツジが見られ、伊雑宮の森や県天然記念物のハマナツメ群落などは、亜熱帯域とのつながりを伺わせる植生です。また南伊勢町では、国天然記念物の鬼ケ城と細谷の暖地性シダ群落も見られます。

年間や1日の気温差はいずれも小さく、冬でも温暖な気候が特有の植相で構成された森を育み、その豊かな景観形成にひと役買っています。

温暖な気候、豊かな動植物と共存する人々の営み

志摩半島南部、志摩市大王町の英虞湾の夕景

この地の海辺の景観に欠かせないのは海女(あま)と養殖筏(いかだ)です。海女によるアワビやサザエ、海藻などの潜水漁法は古来より伝承され、現在では地域ごとに資源の保存と持続のために漁期を設定し、収穫できる貝の大きさを定めるなど、さまざまなルールのもとに操業しています。2017年、その自然に配慮したエコロジカルな漁法が認められ「鳥羽・志摩の海女漁の技術」として、国重要無形民俗文化財に指定されました。

志摩半島南部の英虞湾などに浮かぶ真珠の養殖筏は、陸地に深く入り組んだ地形を利用した波静かな湾奥に設けられ、海辺の自然に溶け込んで、当地の象徴的な景観を形成しています。養殖真珠は1907年に初めて真円真珠の生産に成功し、今でもその製品は広く世界で認められています。

三重県の県花はハナショウブ、海辺ではヒガンバナ科の常緑多年草ハマオモトが夏に芳香のある白い花を咲かせます。先志摩半島に自生が見られ、和具大島には群生地があります。ほかにも、ハマナタマメやハマグルマなどの海浜植物が県天然記念物になっています。志摩半島南部では、紀伊半島に固有のキノクニシオギクの群落も見られます。

陸海とも動物相は豊富で、宮域林内ではシカやサル、タヌキ、キツネ、洞窟では数種類のコウモリなどの哺乳類が確認されています。野鳥の種類も多く、伊勢神宮の森や、海辺では神島などが絶好の野鳥観察地になっていて、見江島ではふつう山地に営巣するイワツバメの繁殖が確認され、県天然記念物に指定されています。淡水域では五十鈴川に多く棲息するネコギギとアカメドジョウが重要な種で、前者は国天然記念物に指定されています。爬虫類ではカメやスッポン、山間の渓流ではサンショウウオなども見られます。

海産動物では小型クジラのスナメリが多く、春と秋には伊勢湾や鳥羽湾、英虞湾などで数頭から数十頭の群れをなして魚群を追う光景が見られます。5〜8月になると、志摩市の東海岸などの砂浜に、アカウミガメが産卵のため上陸します。

ほかの国立公園に比べ民有地の割合が高く、公園内の居住人口も多いため、地域に暮らす人々の生活、文化、歴史、風習と深く関わっているのが大きな特徴といえます。
これら豊かな自然と人との共存が、この国立公園の大きな魅力になっています。

伊勢市二見町江の。大しめ縄で固く結ばれた「夫婦岩(めおといわ)」。5月から7月、岩の間から昇る朝日が有名

文: 藤沼 裕司 Yuji Fujinuma

フリー編集者、記者。動植物、自然、歴史文化を主なテーマに活動。

写真: 山口高志 Takashi Yamaguchi

写真家、故入江泰吉氏の撮影助手を務めた後、1974年からフリーランスの写真家となる。日本国内の自然、国立公園などを主なテーマに、精力的な活動をおこなっている。主な写真集・著書は、『Somewhere-どこか』『不思議の国のアリス』『モネの風景紀行』『風景写真の上達』『心の四季彩』『風景の完成』『山よ、海よ...』『完璧な構図決定』『風景撮影の要点』『日本の国立公園』『フレーミング実例事典』『究極の絶景・日本の国立公園』『つきづきの彩り』『上手な写真の狙い方』など。