長く複雑な海岸線から、内陸の山岳地帯まで、高低差も大きく変化に富んだ地形の島国・日本。それぞれの環境に合わせ、さまざまな樹木が組み合わさって、多種多様な森林を形成しています。ここでは植生の違いを中心に分類しつつ、ぜひ訪れていただきたい、魅力あふれる森をご紹介します。
今回は、山形県の月山です。

コニーデ型火山の痕跡を残す

月山は出羽山地に噴出したコニーデ型火山である。だが、現在の山容はなだらかに迫り上がる丘陵状を成しており、およそコニーデ型火山を連想することはできない。ただ庄内平野から望むと、馬蹄形をしたカルデラとも思える地形が垣間見え、長い浸食作用を越えて、わずかにコニーデ型火山の痕跡を残している。また内陸の山形盆地から望むと、山容は丸みを帯びた稜線を膨らませていて、まるで地平線から昇る月をイメージさせる。これは私の想像だが、月山という山名はそこから生じたのかもしれない。

時代を遡った山里に誘い込まれる思い

月山は長く親しんできた山の一つである。まだ山岳写真に夢中になっていた頃から常に登ってきた。そして森林に興味が移ってからも、数え切れないほどに訪れている。もっとも最近は山頂へ登ることはなく、中腹を覆うブナ林を訪ね、森に育まれてきた麓の歴史や伝説に思いを深めるようになっている。庄内の鶴岡から月山の中腹を通り、内陸の寒河江に至る古道がある。六十里越街道といって千数百年も昔から利用された道と伝わる。途中には田麦俣や大網、志津などの宿場であった集落が点在しており、湯殿山への参詣道としても利用されてきた。

田麦俣は兜造りの多層民家の里として、往時の暮らしぶりを伝える茅葺民家が建ち並んでいた。しかし、今では保存館と隣の民家の二軒だけになってしまった。もう五十年ほども前になる。私が最初に田麦俣を訪れた時は数軒の多層民家がまだあって、時代を遡った山里に誘い込まれる思いがしたことを覚えている。

自然に対する恐れと敬いの心情

月山のブナの森へは四季に渡り訪れるが、やはり魅力的な季節は陽春の頃である。林床は残雪が積もっていて、下生えの木々が雪に埋もれているから森のどこへでも歩いてゆける。頭上はすでに柔らかな若葉が開いていて黄緑色に天空を彩色しているから心が和み、自然の息吹を満喫させてくれる。この季節、 ブナの森の生命力は漲っているのだが、それを促すかのように冷たい雨が降る。雨水はブナの枝先から幹を伝って根元に染み込んでゆく。その雨水を吸収してブナは育つ。この水の循環によってブナの森は生長し、森に依存する動物たちも豊かな自然環境を享受できるのである。

陽春に映える地蔵沼畔のブナ林

このような自然は人間生活にも影響を与え、暮らしの歴史を刻んできた。森から食べ物を得、衣服や住まいを作る材料を調達することができる生活習慣が成り立つのだ。だが自然は時に脅威をもたらすことがある。そこに自然に対する恐れ、そして敬いの心情が湧き上がり、自然を神と崇める信仰心が生まれでてくるのである。

新緑萌える大越川

出羽三山信仰の原点を成す静寂の空間

出羽三山と呼ばれる月山、湯殿山、羽黒山は自然に坐す神々を祀っている。その神々が坐す聖域を開山したのは、崇峻天皇の第三皇子蜂子皇子であった。都を追われた蜂子皇子は出羽に逃げ延び、ここで三本足の霊鳥カラスに導かれ羽黒山に至った。そして山上に出羽神社[いではじんじゃ]を建立した。ついで月山と湯殿山を開山して、出羽修験の礎を築いたとされる。

雪解け水流れるバラモミ沢

三年前、旧来の友に連れられて、六十里街道に沿って途中まで歩いてみた。まだ残雪が多い季節で、ブナの森は芽を吹いたばかりであった。二時間ほど森の中を歩いただろうか、森が途切れ湿原が現れた。そこからは月山の山並みが望め、湿原には水芭蕉とリュウキンカが群落して、小鳥の声がそこかしこから聞こえていた。その風景はまるで出羽三山信仰の原点を成す、死者の霊が集う静寂の空間とも思えたのであった。

羽黒山出羽神社合祭殿
春の田麦俣集落多層民家

月山

所在地:山形県鶴岡市、東田川郡庄内町、最上郡大蔵村、西村山郡西川町

写真・文: 石橋睦美 Mutsumi Ishibashi

1970年代から東北の自然に魅せられて、日本独特の色彩豊かな自然美を表現することをライフワークとする。1980年代後半からブナ林にテーマを絞り、北限から南限まで撮影取材。その後、今ある日本の自然林を記録する目的で全国の森を巡る旅を続けている。主な写真集に『日本の森』(新潮社)、『ブナ林からの贈り物』(世界文化社)、『森林美』『森林日本』(平凡社)など多数。