那須火山帯に属する峰々とその谷間に形成された湖沼や渓谷、湿原に高原など、多様な自然に恵まれた日光国立公園。山麓には世界遺産に登録された文化財あり、味わい深い湯どころが点在し、四季を通じて人々の訪れが絶えません。

雄大な自然景観の中に刻まれた火山活動の痕跡

日光国立公園の風光明媚、変化に富んだ自然美は、三つの火山群の活動によりつくられました。 中心部の景観形成に深く関わったのは日光火山群に属する男体山で、噴火による火砕流は湯川を堰き止めて戦場ヶ原や竜頭滝、大谷川(だいやがわ)を堰き止めて中禅寺湖や華厳滝ができました。戦場ヶ原は、もとは湖で、土砂や泥炭が堆積して湿原化しました。中禅寺湖は周囲約22㎞、最深部はここから流出する落差97mの華厳滝最下部よりはるかに深い163mです。同じ火山群に属する山王帽子山や太郎山の噴火では、戦場ヶ原の奥に刈込湖や切込湖に湯ノ湖、北関東以北の最高峰日光白根山では、群馬県側に丸沼や菅沼などの溶岩堰止湖を出現させました。白根山では、昭和27年にも鳴動や噴煙など活動の兆候が確認されています。

日光火山群の北東約20㎞、釈迦ヶ岳を主峰とする高原山火山群では、厚い溶岩流に覆われた北斜面に幅300m、長さ6㎞におよぶ4裂の爆裂火口が確認されています。北麓は塩原温泉郷で、かつて一帯は海だったと考えられ、中塩原付近では噴火により火山灰の堆積層が形成され多くの植物化石を産出しています。 今でも活動が盛んな那須火山群は高原山の北30㎞ほど、那須岳とも呼ばれる茶臼岳を中心にほぼ南北に連なる山塊です。茶臼岳山頂西側には噴煙絶えない無間地獄があり、昭和28年と35年に小規模噴火が観測されています。

男体山の溶岩で堰き止められた中禅寺湖とその流出口の華厳の滝

春のサクラやツツジ、秋の紅葉。華やかに彩られる日光の四季

変化に富む地形に加えて高度差があるため、植生が多様で自然の様々な姿を観察できます。山麓はブナやミズナラにカエデ類が混生する落葉広葉樹林、1600m以上ではモミなどの針葉樹林に代わり、2300mを越えると矮性低木類や草本類が現れます。特に那須岳の稜線では、2000m以下にも関わらずハイマツの群落が見られるなど高山の様相を呈しています。 湿原の発達が顕著なのもこの公園の特徴で、初夏以降、小田代原(おだしろはら)や戦場ヶ原一帯、那須岳西麓の沼原湿原ではワタスゲなど湿性の草花が見られます。一方、日光白根山や那須岳山頂付近では高山植物が豊富で、イワカガミやハクサンシャクナゲなどが群落をつくります。

春にはサクラ、ヤシオツツジ、ヤマツツジ、ミズバショウが美しく咲き誇り、秋にはカエデやウルシの紅葉、カラマツの黄葉、湿原の草紅葉に彩られます。日光では紅葉期に幅があり、9月半ばに最奥の湯本で始まり、秋の深まりにつれて高度を下げ戦場ヶ原で10月半ば、いろは坂では下旬という具合に、どこかで最盛期の状態に出会えます。

豊かな森に恵まれて動物の種類も多く、哺乳類ではツキノワグマにカモシカやシカ、サル、近年ではイノシシも増えています。

戦場ヶ原を中心とする一帯では森林性や草原性、渓谷、水辺の鳥など約180種を数え、日本を代表する探鳥地になっています。山中の湖沼や渓流にはサンショウウオが多く、雄の鳴き声に特徴があるカジカガエルも棲息します。

霧降高原のつつじヶ丘一帯に広がるヤマツツジ。見頃は5月中旬から下旬

歴史的建造物とそれを取り巻く自然景観を守るために

日光市街地近くには「日光の社寺」として世界遺産登録された東照宮や二荒山神社などの歴史的建造物や史跡が残り、中禅寺湖畔のイタリア大使館別荘記念公園本邸や西六番園地は、明治期に来日した海外公人や商人が夏のひと時を過ごしたところで、今日の高原リゾート地の礎をなした記念碑的な施設です。 火山活動により生成された土地だけに、山あい各所に湯けむり昇る屈指の温泉リゾート地にもなっています。大同元年(806)発見と伝えられる塩原温泉郷をはじめ湯どころとしての歴史は古く、平家落人説がまことしやかに語られる隠れ里の湯や、大自然の奥懐に抱かれた野趣あふれる名湯秘湯が点在します。今日、日光ではシカによる食害が深刻で、花が咲かなくなったり消滅した植物は数知れず、一方でシカの好まない種類が分布域を拡大しています。樹木や若木の被害も甚だしく、森の消失さえ懸念されています。さらにシカに運ばれてヤマビルの棲息域が拡大し、農林業から居住環境にまで影響が出始めています。

ほかにもこれまでいなかったイノシシの出没が確認され、またクマやサルの人間の生活圏への接近も頻繁になっています。

行政の対応としては、シカに対しては柵の設置、1平方㎞あたり1頭を目標にした個体数調整を行い、クマやサルについては講習会などで来訪者や地元民に危険回避を呼び掛けています。

那須・白笹山の山腹、標高1200mにある美しく静かな沼ッ原湿原

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文: 藤沼 裕司 Yuji Fujinuma

フリー編集者、記者。動植物、自然、歴史文化を主なテーマに活動。

写真: 山口高志 Takashi Yamaguchi

写真家、故入江泰吉氏の撮影助手を務めた後、1974年からフリーランスの写真家となる。日本国内の自然、国立公園などを主なテーマに、精力的な活動をおこなっている。主な写真集・著書は、『Somewhere-どこか』『不思議の国のアリス』『モネの風景紀行』『風景写真の上達』『心の四季彩』『風景の完成』『山よ、海よ...』『完璧な構図決定』『風景撮影の要点』『日本の国立公園』『フレーミング実例事典』『究極の絶景・日本の国立公園』『つきづきの彩り』『上手な写真の狙い方』など。